Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

古寺巡礼「中宮寺観音」について
「古寺巡礼」(和辻哲郎著 岩波文庫)は単元で分けず、内容として私の興味関心を惹いたものを順次取り上げようと思います。今回取り上げるのは「中宮寺観音」です。現在は「伝如意輪観音像」と称していて、京都の広隆寺にある「弥勒菩薩半跏像」と合わせて、比類なき2大半跏思惟像と私は思っています。私が教職にあった時、修学旅行で生徒を引率し、この奈良と京都に坐する2大半跏思惟像を見せて、生徒に感想を言わせたこともありました。では中宮寺の観音についての和辻流感想文を引用いたします。「あの肌の黒いつやは実に不思議である。この像が木でありながら銅と同じような強い感じを持っているのはあのつやのせいだと思われる。またこのつやが、微妙な肉づけ、微細な面の凹凸を実に鋭敏に生かしている。そのために顔の表情なども細やかに柔らかに現われてくる。あのうっとりと閉じた眼に、しみじみと優しい愛の涙が、実際に光っているように見え、あのかすかにほほえんだ唇のあたりに、この瞬間にひらめいて出た愛の表情が実際に動いて感ぜられるのは、確かにあのつやのおかげであろう。あの頬の優しい美しさも、その頬に指先をつけた手のふるいつきたいような形のよさも、腕から肩の清らかな柔らかみも、あのつやを除いては考えられない。だから光線を固定させ、あるいは殺し、あるいは誇大する写真には、この像の面影は伝えられないのである。しかしつやがそれほど霊活な作用をなし得るのは、この像の肉づけが実際微妙になされているからである。その点でこの像は百済観音とはまるで違っている。むしろ白鳳時代のもののように、精妙な写実を行なっているのである。顔や腕や膝などの肉づけにもその感じは深いが、特に体と台座との連関において著しい。体の重味をうけた台座の感じ、それを被うている衣文の感じなど、実に精妙をきわめている。」今回はここまでにします。