2024.08.22
昨日出かけた東京上野の東京国立博物館で開催している「神護寺―空海と真言密教のはじまり」展は、「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」が展覧会の主軸になっていました。私がまだ教職にあった頃、修学旅行の引率で行った京都の教王護国寺(東寺)で曼荼羅を垣間見て、それがどういうものか興味を持ったことで、私は曼荼羅を考える契機になりました。曼荼羅はざっくり言えば、密教において仏の悟りの境地である宇宙の真理を表す方法として、仏や菩薩などを体系的に配列して図示したもので、元々はインドに源があり、形態としては中国から日本に伝わった教えです。図録によると「最澄は帰国の直前、中国・越州龍興寺の順暁から密教の一部を学んでおり、唐で流行していた密教に関心をもった桓武天皇の意向を受けて、和気弘世が実現に尽力した。この灌頂の翌年にあたる大同元年(806)十月に帰国したのが、中国・青龍寺の恵果から密教のすべてを伝授された空海であった。帰国後およそ三年ののち、平安京に入った空海が拠点としたのが高雄山寺であった。~略~天長年間には現存最古の両界曼荼羅が制作された。『神護寺略記』によれば、『天長御願』すなわち淳和天皇によって発願され、灌頂院に安置されたことが記される。その制作には空海がかかわったことが想定される。そもそも曼荼羅とは、サンスクリット語の音訳であり、本質を得る、の意があり、悟りを得るという心理を示した図である。」(古川攝一著)とありました。曼荼羅は大日如来を中心とする宇宙観があり、さらに胎蔵界と金剛界の両部で構成されるのが両界曼荼羅です。ネットで調べると、胎蔵界曼荼羅が真理を実践的な側面、現象世界のものとして捉えるのに対し、金剛界曼荼羅では真理を論理的な側面、精神世界のものとして捉えているとありました。つまり胎蔵界は実技、金剛界は理論となれば、別々に成立しているものを一対にしたところが、自分の創作活動にも通じていると考えても良さそうで、少しばかり身近に感じることが出来ました。あれこれ首を突っ込むと曼荼羅の深淵に引き込まれ、現実世界に帰って来られなくなるような気がして、曼荼羅に関してはここまでにしようと思います。