2024.11.13
「抽象芸術」(マルセル・ブリヨン著 瀧口修造・大岡信・東野芳明 訳 紀伊國屋書店)の「Ⅴ 抽象絵画の主流 」の終盤になりました。「アカデミックな絵画は、19世紀後半までそれにだいたい忠実であった。一方、すでに見たように、近代芸術家たちは、ちょうどかつてのヘレニズム時代の画家や宋代の中国人たちのように、かれら独特の空間を築いたのである。この空間のほとんど総体的な主観化の火ぶたを最初にきったのは、セザンヌであった。かれについで、フォーヴとキュビストと、青騎士の表現主義者たちが、やはりかれらの空間を想定し、それに、単に個人的にとどまらず、客観的ー普遍的な価値を賦与した。『抽象』画家とともに、空間の征服は、もっと複雑で同時にもっと自由なものになった。」本書はどこで終えるのか、論考の最後に抽象芸術の行く末として公共的な空間への進出がありました。「デ・スティールのグループの思想には、きわめて現実的で明白な社会的使命があった。ヴァン・ドースブルグもモンドリアンも好んでみずからを『新しい生活の建築家』とみなしていた。かれらにとっては、狭い個人的な芸術作品の個人主義的な喜びなど問題ではなく、重要なのは、集団生活に浸透し、それを鼓舞しうるような新しい美の形式をつくりあげることだった。この点で、デ・スティールの原則は、ウァルター・グロピウスの指導によったワイマールのバウハウスの組織に支配していた原則と一致する。バウハウスも同じように、あらゆる分野におけるー装飾芸術、演劇、バレー、映画、それからいうまでもなく建築から都市計画にいたるまでのあらゆる分野における芸術の根本的な変革に直面していた。生活に直接に応用される集団的な美学に向かって抽象芸術が進んでゆくこの傾向、ーそれは、都市や庭園の新しい構成によって集団の感受性に直接働きかけ、分割できぬ諸要素でできたひとつの全体、ひとつの総体として、人間の感受性に視覚を通して影響を与えるものだがーこれは建築家と画家と彫刻家の緊密な協力を主張する『空間集団』(グループ・エスパース)のブロックやピエなどにも同じくみられる傾向である。」本書を長々と読んできましたが、今回で本書を閉じることにいたします。