Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「ヴァザーリにたどりつくまで」
「芸術家列伝2」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の最後に翻訳者小谷年司氏による「ヴァザーリにたどりつくまで」が付記されています。「芸術家列伝1」は平川祐弘氏によるあとがきがありましたが、今回は小谷年司氏によるもので、海外留学で培ったあれこれと平川氏との出会いやヴァザーリの著作を通した関わりが書かれていました。「ヴァザーリの『芸術家列伝』だってそう高尚なものではなく、学術論文というよりは、人々に話して聞かせることが主眼だったような気がする。ヴァザーリの翻訳は我が国でも美術史の専門家によって試みられたが、初めだけで終わっている。その理由は何だったろうか。これを文芸とみずに論文とみなしたからだろうか。翻訳しているうちに学問として現代に役立たせるには、欠陥が多すぎるとでも思ったのだろうか。それに各画家の伝記は、朗々とした説教口調の序曲で始まり、荘重な墓碑銘の詩句またはそれに似た韻文で終曲となる。途中に描かれる画家の日常のエピソードは口語体に近い。その落差が面白いし、その部分がヴァザーリの魅力になっている。それでも単に原文で文脈を追っていたのでは、イタリア人以外ではなかなか解らないだろう。日本語に訳してみて、原文を比べてみるとイメージが具体的に立ち上がってくる。翻訳が多少とも創作に近づく楽しみがある。平川さんは、その点文章の面白さが解ったから、ルネサンス美術解明の根本史料であるとともにイタリア文学の古典としても訳そうとされたようだ。~略~ヴァザーリの『芸術家列伝』を古いイタリア語のややくだけた文章で書かれた文芸作品とみなす平川さんの意図は、イタリアを旅行していろんなルネサンスの画家の作品を眼にした日本人が、読んで楽しいものにすることにあったからである。この初版の出された時は、ミケランジェロはまだ生きていて、ローマに住んでいた。ミケランジェロの家をよく訪れていたヴァザーリは、トスカーナ大公の内命をうけて、しきりにフィレンツェにもどるように説いたが、老大家は言を左右にして、終生ローマにとどまった。ヴァザーリは当然著書を贈呈している。その返礼にソネットを贈ってもらい、ヴァザーリは狂喜している。~ソネット割愛~気難しい老人がベタ褒めである。日常出入りしていろいろと気を使ってくれる弟子に対する儀礼からだけとは一概に思えない。当時すでに神の如きと評されたミケランジェロの評価に真実がかなりあったとみたほうがよさそうである。」同時代を生きたヴァザーリとミケランジェロに恐れながら親近感が湧いてしまいました。