2025.08.24
日曜日は創作活動に纏わることを書いています。工房での陶彫制作は今日も相変わらずやっていますが、今回はNOTE(ブログ)の内容の方向を変えてみたいと思います。嘗ての私の同僚で、同じ時期に横浜市立中学校の校長職にあった人が、横浜の中心地で開催している書展に参加しています。退職校長会の「如月展」に彼を誘った縁もあって、私は昼頃に彼の作品を見に行きました。書道に関して、私は作品の良しあしがよく分からず、美術的視点で見ていくしかないのですが、一振りの線に託した彼の思いを理解しようとしていました。その書展の帰り道に私は、同じ模様の祭り半纏に身を包んだ群衆が神輿を担いでいる姿を目にして、ふと心地よい興趣に誘われました。書道といい祭礼といい日本古来のものに今日は縁があるのかなぁと思いつつ、神輿を担ぐ姿を暫く見ていなかった私は、横浜の野毛という下町情緒が残る風景の中で、昔ながらの祭礼が行われていることに心が洗われました。日本の祭礼は五穀豊穣や慰霊、または招福祈願や厄除のために行われるもので、神輿や山車が各町内会から出てきます。神輿とは何か、ネットによると「通常、神道の祭の際に、普段は神社にいる神霊が氏子町内、御旅所などへ渡御するに当たって一時的に鎮まるとされる輿」というもので、それを台車に乗せたものを山車と呼んでいます。私は昔から神輿や山車を飾る造形に惹かれていました。木材による精緻な浮彫りを見て、仏師が精魂込めて作ったであろうものや、染織家が施した刺繍にも美しさが宿っているものがありました。私が思い出すのは信州小布施の北斎館で展示されている祭屋台の天井を飾っている「男浪図」と「女浪図」で、葛飾北斎によるその大胆な造形感覚はまさに神の領域ではないかと思います。そんなことが一瞬目にした祭礼から思い出された一日でした。