2024.09.22
週末の日曜日は毎回創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。先週NOTE(ブログ)にアップした「創作する空間の範囲」と同じ考え方ですが、切り口を替えて今回は「風景彫刻という考え方」で自作について述べさせていただきます。風景彫刻とは単体ではなく、集合体で風景を構成していく彫刻表現のことで、私の身近では師匠の池田宗弘先生が風景彫刻を作っています。池田先生は具象作家なので、複数の人物や猫などの動物が集う広場を、真鍮直付けによる技法で作っていて、私の中に池田先生の考え方が根付いているのです。それは私が大学で彫刻を学び始めた頃に遡り、大規模な展覧会に出品されていた池田先生の作品を初めて見て衝撃を受けたことに始まります。私は海外生活を経て作品が抽象化していき、さらに日本に引き上げる際に旅したギリシャ・トルコの遺跡から現在の「発掘シリーズ」に結集していきました。まさに風景として発掘現場を象徴化していくことは、振り返ってみれば当然の成り行きだったのかもしれません。そこには先週NOTE(ブログ)にアップした内容である亡父が生業にしていた造園業の影響もあります。ある範囲を決めて、そこに風景を創出していくことが私の彫刻の真骨頂で、陶彫部品を使って空間をイメージすることを、私は初期の頃から一貫してやってきました。この姿勢を崩すことはまずないと思っています。NOTE(ブログ)のアーカイブに次のような文章がありました。2021年10月3日付です。「私は大地に石材や木材で立ち上げたものをプラスの空間造形、洞窟や地下壕はマイナスの空間造形と位置づけていて、大地を座標軸にした空間の在り方を示すものです。それが芸術かというと、芸術の意識が芽生えたのは近代になってからのことなので、人類の長い歴史の中で、芸術品としての認識は最近のことと言わねばなりません。私は現代に生きる人間として、芸術行為としての空間を造形しています。私が思考するのは、古代遺跡の発掘現場にいるような架空の空間認識による彫刻で、出土され、空気に触れている部分がプラスの空間造形で、大地に埋蔵されている部分はマイナスの空間造形です。」これが「発掘シリーズ」の原点で、私なりの風景彫刻の考え方と言えます。