Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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ファン・ゴッホ&ゴーギャンについて
「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はファン・ゴッホの「アルルの寝室」とゴーギャンの「イア・オラナ・マリア」を取り上げています。まず、ゴッホ。「『アルルの寝室』は、単に彼の住んでいた部屋の記録という以上に、寝室が本来持っている『休息』というイメージを表現するはずのものであった。だが、われわれの眼の前に残されている作品は、必ずしもゴッホのその意図を充分実現しているとは言えない。すでに見たように、一見厳密な法則に従っているようで、実は少しずつどこかずれたり歪んだりしているこの画面からわれわれの受ける印象は、平和な『休息』というよりも、むしろ不気味なまでの不安定さ、落ち着きのなさである。それはとりもなおさず、ゴッホの当時の精神状態を反映していると言ってよいであろう。~略~ゴーギャンがやってくる直前に描かれた『アルルの寝室』の場合も、真の主題は、本来その部屋にいるはずのゴッホ自身であったと言えるかもしれない。少なくともわれわれは、この作品を短い生涯を通じて数多くの自画像を残したゴッホのもうひとつの『自画像』だと考える時、そこに見られる異様なまでの緊張感と白昼夢のような不安定な表現にも、納得させられるのである。」次にゴーギャンです。「これら宗教的幻想絵画は、主題の内容においてすでに印象派と真正面から対立するものであったのみならず、造形表現においても、印象派の手法とは正反対の方向を示していた。事実、絵画的には、戸外の風景のなかの女性立像という同じモティーフを扱いながら、モネの『パラソルをさす女』とこの『イア・オラナ・マリア』ぐらいお互いに異なっている作品を想像するのは、困難である。モネの視点が地上低くに据えられて、主要モティーフである女性像がほとんどその全身を空に浮き上がらせているのに対し、ゴーギャンの人物は、すべて多彩な背景のなかに埋まっているということはすでに指摘した通りだが、そのような構図上の差異のみならず、背景の風景や人物の捉え方がまったく逆になっている。~略~印象派の画家たちにとって『分割』が合言葉であったように、ゴーギャンおよびその仲間の画家たちにとっては、『綜合』が合言葉であった。そして事実、1889年、パリでの万国博覧会の開かれた年、ゴーギャンが中心となってカフェ・ヴォルピーニで開かれたあの記念すべき展覧会は、『印象主義ならびに綜合主義の展覧会』と名乗ったのであった。」今回はここまでにします。