2025.07.03
「芸術家列伝1」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「チマブーエ」について、気に留まった箇所をピックアップいたします。「(チマブーエは)サンタ・マリーア・ノヴェㇽラ寺のために聖母像を描く。ルチェㇽライ礼拝堂とバルディ・ダ・ヴェルニオ礼拝堂の間にかけられている絵で、これまでに描かれた人物画のなかで最大のものである。まわりの天使は、チマブーエが、いまだにいくばくかのビザンチン風を残し持っていたとはいえ、徐々に現代の様式、画法に近づきつつあることを如実に示している。こんな立派な作品を見たことのなかった連中は、すっかり驚嘆して、チマブーエの家から寺院まで絵を運ぶのに、大騒ぎでラッパを吹き鳴らし、荘重な行列をしたという。~略~今や、それらの作品を通して、チマブーエの名声はますます上がり、フィレンツェにあるサンタ・マリーア・デル・フィオーレ寺の建築にあたって、当時のすぐれた建築家であったアルノルフォ・ラーポとともに設計を受けもつようになる。しかし、齢すでに60歳を越えたチマブーエは、1300年、絵画芸術を事実上蘇生させたのち、あの世へみまかった。多くの弟子を残したが、後日大成するジョットをそのなかに数える。」チマブーエが「芸術家列伝1」の最初に取り上げられているのは絵画の革新者第一号としているためでしょうか。「ジョットの名声の陰にかくれてしまったのは、弱い光が強い輝きの前では見えにくくなるのに例えられよう。チマブーエが絵画革新の一番手であったにしても、そこから出たジョットこそ、端倪すべからざる高い目標を定め、天賦の才にめぐまれ、深い考えをもって向上に向上を重ね、後世、われわれの世紀が日常目のあたりにしている芸術上の偉大な成果をもたらした人々に、真理の扉を開いた人物である。現代のおいては、画家たちの奇蹟や超絶技巧を日常見なれているので、人間が作った作品が、人間業というより神業であっても驚かなくなってしまっている。」ここでいう現代とはヴァザーリの生きた時代(1511-74)のことを言っているとつけ加えておきます。今回はここまでにします。