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六本木の「絵金」展
昨日、東京六本木にあるサントリー美術館で開催している「絵金」展に行ってきました。本展は「幕末土佐の天才絵師」という題名もついていて、高知県に根ざした土着性の強い絵画文化を見ることが出来て、私は些か驚きました。図録より紹介文を拾います。「江戸や京、大坂を文化の中心とする視点で見るとき、いずれの画系の様式とも異なる独特の画風で、『血みどろ』が印象的な芝居絵屏風を高知のみに大量に残した絵金は、異端、奇才の絵師そのものであるが、代表作となる芝居絵屏風の数々や絵馬提灯ばかりではなく、美人画、年中行事図、五月節句の幟、絵馬などの多数な作品を本展でご覧いただければ、絵金が職業絵師として高知の大衆文化の王道を歩んだ時代の寵児であったことが理解されるだろう。」詳細な内容を一部抜粋します。「絵金が芝居絵屏風や絵馬提灯に描いたのは、現実に上演された舞台の場面ではなく、芝居の物語そのものとされている。複数の場面をひとつの画面に登場させた、いわゆる『異時同図法』で描かれた芝居絵屏風が少なくない。~略~絵金の芝居絵屏風は、氏子たちによって神社に奉納され、夏の祭礼で多くの見物人に披露されるものであるが、さて、これらの屏風の制作を絵金に注文した氏子たちや祭りの見物人たちに、屏風に描かれたストーリーを読み解くだけの芝居の知識がどれだけあったのだろうかという疑問が、本稿を執筆したきっかけである。」それは時代背景により、芝居が上演禁止になっていた時期があったようです。「寛政11年と天保12年の幕府のお触れによれば、歌舞伎等、一切の見世物はご法度であったが、土佐藩内での制限はゆるやかで、文政期には稀にではあるが地方で地芝居があり、天保期には高知城下の近郊で地芝居があった。嘉永期には、質素倹約令など諸法度による制限が撤廃され、各所で流行した。」(引用は全て藤村忠範著)そんな時代を乗り越えてきた絵金の芝居絵屏風等を、現代になって見応えのあるアートとして鑑賞できるのは奇跡と言えるのかもしれません。毒々しい情念が織りなす「血みどろ」な絵画に、人間が元来持っている摩訶不思議な究極の美を感じるのは私だけでしょうか。