2015.09.21
午前中は家内と菩提寺に墓参りに出かけました。私は墓参りに対する意識が薄く、家内に言われるまで予定にありませんでした。祖父母や父が眠っているのに罰当たりな子孫です。墓参りは何のためにするのか、特定宗教を持たない自分は先祖から付き合いのある浄土宗の菩提寺に何の考えもなく出かけていきますが、宗教に縛られない自分は、菩提寺はどこでも良いとさえ考えています。ただ、菩提寺に足を踏み入れると清々しい気分になります。墓石に供花すると不思議に心が落ち着くのは何故だろうと思っています。墓参りは生存している自分たちのためにしているのではないかと最近思うようになりました。式典は社会のため、供養は自分たちのため、つまり当の本人より周囲の認識のため、そんなことを考えながら墓参りをして帰ってきました。午後から工房に篭りました。工房の周りは草に覆われていましたが、遠縁に当たる人に定期的に草刈をしていただいていて、今日は草が刈られていました。工房のある植木畑が広く感じました。定年後は自分が草刈をやるべきかなぁと思いつつ、今日は制作に没頭しました。成形と彫り込み加飾を施して8点目が終わりました。毎日工房に来ていると制作が進みます。創作の魔力は日々自分に訪れて集中のため我を忘れる瞬間がやってきます。身体に疲労を感じながら作業中は不思議なほど身体が動きます。眼の前の陶土以外は見えなくなって素材との対話が始まります。至福の時を過ごした後、夕方になって母が入居している介護施設に家内と行きました。必要なものを持って母の様子を見てきました。母はとても元気でした。今日は制作の合間に先祖や母の許を訪れた一日になりました。老いを敬う日に相応しい行動だったと思い返しています。明日も制作を頑張ります。