2017.02.24
「芸術の摂理」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)を読み始めました。副題に「不可視の『形』に迫る作家たち」とあります。この副題については読み進めていくうちにその意図するところがわかるのではないかと思います。書籍としては随分前に購入したもので、自宅の書棚で折口信夫著「死者の書」を探している時に発見したのでした。先日ネットから印刷した「死者の書」は紙を束ねた状態なので、持ち歩くことはせず、職場だけで読もうと決めました。携帯するのは本書にして、通勤の友にしたいと思っています。本書を購入した契機は、既に亡くなっていられる石彫家中島修さんの評論が収めてあったからです。中島さんには私が20代の頃滞在したオーストリアでお世話になりました。彼は私の師匠である池田宗弘先生の同期生で、既にヨーロッパでは有名な彫刻家になっていて、池田先生から紹介もしていただいていました。オーバーエスタライヒ州の片田舎の農家を改築した中島邸や工房が懐かしく思い出されます。大雪に見舞われた日に中島さんを訪ねていって、寒々とした工房で見た結晶のような幾何抽象の石彫。その手が切れるような鋭利な形態に、人間業とは思えない神がかった世界を見たのは私だけでしょうか。コンピューター万能の時代にアナログな手彫りで、複雑な面を捉えた超多面体を追い求めていく中島さんは、日本でもっと評価されてもいい彫刻家だと私は思っています。中島さんは気さくな人柄で、帰国中に私の個展のオープニングにふらりとギャラリーせいほうに現れました。同じギャラリーで中島さんも個展をされました。池田宗弘、中島修という双頭の先輩の大きすぎる背中を見て、私は必死に喘いでいるのです。そんな中島ワールドの貴重な評論をじっくり味わいたいと思います。