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東京駅の「メスキータ展」
サミュエル・イェスルン・デ・メスキータは20世紀初頭に活躍したオランダの画家・版画家・デザイナーで、ユダヤ人だったためにナチスドイツの強制収容所で家族諸共処刑されています。彼がオランダの美術学校で教壇に立っていた折、在籍していた生徒に騙し絵で有名になったM・C・エッシャーがいました。メスキータとの師弟関係はずっと続き、メスキータが処刑された時に、残された遺作をいち早く保管したのは他ならぬエッシャーだったようです。日本で初めてとなる「メスキータ展」は東京駅ステーションギャラリーで開催されました。私は初めてメスキータの作品群に触れて、木版画のモノクロが齎す力強い印象に圧倒されました。会場は多くの鑑賞者で混みあっていて、遅ればせながらメスキータの作品が確実に日本人の心を捉えていた様子を見ることができました。数ある作品群の中で、私は人物を彫った木版画に興味を持ちました。量感に線彫りでハッチングをつけた人物像は、彫塑的であり、その輪郭の単純化にプリミティヴな力を感じました。さらに私が学生時代から大好きだった表現主義を髣髴とさせる雰囲気を持っていて、こんな芸術家が埋もれていたことに改めてショックを感じました。図録から文章を拾います。「浮世絵のメスキータへの影響は、輪郭線による簡潔な表現に最もよく表れていると思われるが、多くの作品では陰影がなく、この点も浮世絵の表現と共通するものがある。言うまでもなく、日本美術では西欧美術と異なり、伝統的に影を描くということをほとんどしてこなかった。メスキータの木版画の装飾的な性格は、アール・デコからモダン・デザインへと到る、20世紀前半の装飾美術をめぐる状況と無縁ではない。メスキータの作品の装飾性とは、決して飾り立てる性質のものではなく、むしろ細部を単純化して幾何学的形態に還元する過程で生み出される装飾性であり、それは20世紀のデザインの潮流に準じたものでもある。」(冨田章著)ここで弟子であるエッシャーの語った言葉を引用いたします。「彼の作品はひと握りの人々にしか評価されず、広く理解されないところがある。メスキータは常に我が道を行き、頑固で率直だった。他の人々からの影響はあまり受けなかったが、自分では強い影響を若い人たち、とくに学生たちに与えていた。学生たちが猿真似をしたときーそれはよく起きたことなのだがーメスキータはしばしば不機嫌になった。とはいえ彼の影響を受けた学生たちの大半は、遅かれ早かれ、その影響から抜け出した。というわけで彼はひとつの流派を作らなかったし、そのことによって、メスキータの孤独で強烈なパーソナリテイはさらに魅力的なものになっていく。」