Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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北浦和&浦和の「大・タイガー立石展」
昨日、工房の窯入れを行い、今日はそのため工房の電気が使えない一日になりました。それを理由に今日は家内と展覧会に行くことにしたのでした。マルチ・アーティストのタイガー立石の世界が、ちょっと前にテレビで取り上げられ、表現分野の多様さと数々の作品に興味関心が湧きました。展覧会場が2ヶ所あって、ひとつは北浦和にある埼玉県立近代美術館、もうひとつは浦和にあるうらわ美術館で、「大・タイガー立石展」と銘を打った個展が開催されていました。タイガー立石は本名を立石紘一といい、作品によっては立石大河亞と称しています。名前を幾つも持っていたのが彼の表現者としての生き方だったのかもしれません。今年は彼の生誕80年に当たる年ですが、1998年に56歳という若さで逝去しています。表現活動としては絵画、彫刻、漫画、絵本、イラストという分野を自在に飛び越えながら、不可思議な情景を描き、また社会風刺からナンセンスなものまで、そのアイデアは留まることを知らない活躍が見て取れました。27歳から40歳までイタリアに滞在し、彼の地のデザイン事務所に嘱託として働き、さまざまなアイデアを提供し、西欧でも認められる活躍がありましたが、1982年に帰国。日本でも旺盛な創作意欲は変わらず、陶による立体作品も手がけていました。図録よりこんな文章を引用させていただきます。「立石はその目まぐるしい活動領域の変化にもかかわらず、そうした変化を通じて獲得する領域のかたちはと言えば、思いのほか保守的で、絵画や立体、マンガや陶芸、絵本、あるいは掛け軸や巻物、といったふうに、分野ごとのかたちそのものを大胆に異化するということはない。そもそもが富士山や旭日旗、虎の絵、そしてモダンアートの巨匠といった大衆的で通俗性溢れる対象を好んで取り上げたのが立石なのだ。」(椹木野衣著)タイガー立石の作品群の中で、とりわけ私はマンガを模したコマ割り絵画に興味を覚えました。これについては別稿を起こしたいと思います。