Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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私にとっての休庁期間
30歳で海外から帰国して、私は横浜市の教職公務員になりました。社会人としては遅い出発でしたが、彫刻家としては生活が成り立たないので、教職に頼ったのでした。忽然と飛び込んだ教職の世界は思いのほか楽しくて夢中になったのが幸いでした。それでも彫刻の何たるかを掴みつつ帰国した私は、教職と並行して自らの造形思考を推し進めることにしたのでした。横浜市で採用をしていただいた教職は多忙を極めていて、自らの造形思考を深めるには時間が必要でした。まず教職と彫刻制作の効率的な切り替えが試練としてありました。教職に慣れない時期は彫刻のことなど頭に入ってくることはなく、担任した学級のことで精一杯でした。まとまった休暇が取れるのが年末年始の休庁期間だけでした。学校には夏休みがありますが、それは生徒のための休みであって、私たち教職員にとって夏休みは勤務を要する日なのです。年休を使って休みを取得する教職員がいますが、それは労働者の権利としてある休暇なのです。まともに連続して堂々と休めるのは休庁期間だけだと言えます。この貴重な時間を自分のために使えるのは幸せなことでした。その時から休庁期間と聞くと、私は俄かに意欲が湧いてきて、創作における大きな課題と向かいあうのが癖になっています。今年退職したにも関わらず、休庁期間という言葉に俄然やる気を出してしまうのが、私の長年の習慣かも知れず、今日は朝から工房に篭り、新作の大規模作品の全体構成を考えていました。どうやら陶彫部品が4点ほど足りず、明日以降は陶彫制作に戻ろうと決めました。このところ土台になる木材加工をやっていたので、土練りは久しぶりです。陶土は日々乾燥をするので待ったなしで作業をする必要があります。これにより大晦日や正月でも陶彫制作に従事しなければならなくなりました。大晦日や正月は一日中やっているつもりはないのですが、家のことは家内に任せきりになって申し訳ないと思っています。ただし、例年元旦に行っていた初詣は、新型コロナウイルス感染症の変異株の影響があって、数日間は見送ることにしました。