Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「アブストラクト・ペインティング」について
昨日、東京国立近代美術館で開催している「ゲルハルト・リヒター展」に行って来ました。現在90歳になるドイツ人アーティストは、その旺盛な創作意欲でもって鑑賞に訪れた人を圧倒する作品を見せてくれました。さまざまなシリーズの中で「アブストラクト・ペインティング」と称された絵画群が質量ともに他を凌駕していて、展示された空間の中でとりわけ緊張感が漲っていました。「アブストラクト・ペインティング」の印象としては、描写を放棄し、掠れた色彩によって壁そのものに存在感をもたせるもので、幾層にも覆われた色彩の蓄積の下に何かが隠れているような謎をつい考えさせられてしまうことです。それは写真の上から油絵の具を垂らした「オイル・オン・フォト」のシリーズが展示されていたことと無縁ではないでしょう。「アブストラクト・ペインティング」に関する文章を図録から拾ってみます。「絵画を非ヒエラルキー的に構成し、それによって制作プロセスに導入することで果たしたのが、1976年から開始された〈アブストラクト・ペインティング〉であり、そしてそれより年代の下がる〈アラジン〉などのガラス絵と〈ストリップ〉のシリーズである。1979年からは絵筆とならぶ描画用具としてスキージが、最初はごく控えめに、導入された。スキージとは、平たくて幅の狭い、最大でも長さ2メートルほどのコーティングされた木製の道具で、それに絵具を塗りつけて画面に強く押しつけて引きずるように動かすと、リヒターのアブストラクト・ペインティングに特徴的な、飛び散ったような絵具の痕跡が残るのである。~略~アブストラクト・ペインティングの制作には、さらにふたつの道具が導入された。1990年代初頭、リヒターはへらを用いて画面に縦・横に平行の筋をつけ、塗りつけられた絵具の層をこそげ取った。~略~2016年以降はキッチンナイフが導入されて、描画方法をさらに拡張することができた。ナイフもまた絵具を部分的に、あるいはキャンバス地の面から根こそぎ、削り取るものであるが、へらでの作業とは異なり、ナイフは手首を回して勢いよく、ちょうどフェンシングのフルーレのように使うことができる。それにより、リヒターの最後のアブストラクト・ペインティングは、それまでにない軽やかな遊戯性と独自性を獲得している。」(ディートマー・エルガー著)