Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「芸術の風土的性格」➁
「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)の「第四章 芸術の風土的性格」の中で気に留めた箇所をピックアップします。今回はその➁として西洋と日本の違いを取り上げます。「ヨーロッパにおける芸術作品の代表的なるものは、規則にかなえることを問題とせざるを得なかったほどに合理的な色づけを持ったものである。偉大なギリシャ人の天才が、一方に数学的学問を出発させるような素質を持ちつつ同時に模範的な芸術を作り出したということが、一つにはこの傾向を産み出したのであるかも知れない。ギリシャの芸術はたしかに世界に冠たるほどに優れたものであるとともにその合理的な性質においても著しい。まとまりは規則的なことによって得られ、つりあいはシンメトリーや比例によって得られている。模範的な芸術におけるこのようなまとめかたは、従って芸術の本性に属するものと考えられやすい。しかしながら自分は、ギリシャの芸術の優れているゆえんがこのような模範的なまとめ方にあるとは考え得ないのである。」西洋の概念に充分納得できない著者が、さらに庭園芸術に論考を巡らせています。「この庭園が庭園として賞讃されるのは、幾何学的な直線や円の道路をもって地面や植物を区切ったこと、斜面を利用した石段が同じくその強い幾何学的な印象をもって庭園全体を支配していること、及び直線的に数十間にわたって並列されたりあるいは種々の技巧をもって組み合わされている噴泉が人工の支配を庭のすみずみにまで感じさせることなどである。それは確かに自然を人工的にしたとは言えるであろう。しかしそれによって自然の美しさが醇化され理想化されたと言えるであろうか。」ここで著者が引き合いに出しているのは日本庭園です。「幾何学的な比例においてではなく、我々の感情に訴える力の釣り合いにおいて、いわば気合いにおいて統一されている。ちょうど人と人との間に『気が合う』と同じように、苔と石と、あるいは石と石との間に、『気』が合っているのである。そうしてこの『気』を合わせるためには規則正しいことはむしろ努めて避けられているように見える。このようなまとめ方は庭を構成する物象が複雑となればなるほど著しく目立って来る。人工を加えない種々の形の自然石、大小の種々の植物、水、ーこれらはすべてできるだけ規則正しい配列を避けつつしかも一分の隙もない布置においてまとめられようとする。」だからと言って日本庭園は決して自然の在るがままではなく、西洋の概念とは異なる形式で人工的であると私は考えています。亡父が造園をやっていたことで、西洋のように単純ではない造形力を、私は改めて自覚しています。