2025.06.27
「近代絵画史(上)」及び「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)を読み終えました。あとがきにこんな文章がありました。「『ゴヤからモンドリアンまで』、すなわち19世紀初頭から第二次大戦までのおよそ150年間の西欧の絵画の歴史を述べたものである。この時期が、長い西欧絵画の歴史においても、最も豊かな、そして最も多彩な変化に富んだ重要な時代の一つであったことは、おそらく誰しも異存のないところであろう。」本書の上巻と下巻を通して、また本書の前に読んでいた「名画を見る眼 Ⅰ・Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)をも含めて、私は学生時代から散らかし放題だった西欧美術の知識が、本書を通してひとつの潮流としてまとまったように感じています。私たち日本人は、明治時代に西洋美術の概念が西欧から入ってきて、学校教育における図画工作・美術の土台としました。つまり、美術作品を見る眼をそこで養い、西洋美術の評価基準で作品を判断する考え方を教え込まれたと私は考えています。それが良いとか悪いとか言っているわけではなく、これは文明の最先端に追いつくために日本政府が採った方策でした。現在は東洋を含めたグローバルな視点が存在していますが、それでも私の学生時代はやはり美術の本流は西欧にありという風潮がありました。私も例外ではなく、高校時代の最後になって私は彫刻の魅力に憑りつかれてしまって、自分の熱情を鎮めることが出来なかったのでした。つまり、私たち日本人は従来からある学習指導要領を紐解いてみても、少なからず現在に至るまで西欧の影響があると考えて間違いはなさそうです。先達がフランスやイタリアに留学し、そこで仕入れた芸術の精髄を日本に持ち帰ってきたのは、つい最近のことだったと認識しています。そこまで無視できない造形概念であるならば、とりあえずそれらを学んでみようとしたのが、自分の学生時代の記憶でした。それをこの歳になって再確認する機会を得ました。近代絵画史の中でも、文中でNOTE(ブログ)に取り上げた画家については私なりに濃淡があって、個別に知識を仕入れた芸術家も少なくありません。自分の中では総体的に美術史を捉えることが困難だったために、本書がそれを補ってくれたと理解しています。さて、もう少し西洋美術に親しんでいたいという私の思いがあって、次は何を読もうか思案している最中です。