2025.07.07
「芸術家列伝1」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の「ジョット」について、気に留まった箇所をピックアップいたします。「ジョットの初期の絵画はフィレンツェのバディーアの大祭壇の礼拝堂にある。彼はそこに美しいというので評判になった絵をいくつも描いたが、とくに『受胎告知の聖母』は世評が高かった。そこには、天使ガブリエルが挨拶に近づいてくるのを見、マリヤが驚きおそれ、不安のあまりほとんど逃げようとしているさまが非常な表現力をもって描かれている。この礼拝堂の大祭壇にある板絵もやはりジョットの作だが、その絵は今日までその場所にずっと安置されている。それはこのような偉人の手になる作品にたいして、世間がある種の深い敬意を表しているためである。」ジョットは各地で請われるまま多作していたようです。「このフランチェスコの像を完成すると、ジョットはフィレンツェへ戻り、そこでピーサへ送るために、ヴェルニアのおそろしい岩山の中にいる聖フランチェスコの板絵を驚くほど細心に描いた。当時、樹や岩がたくさんあるような風景を描いたということはまったく目新しいことだったが、この絵の価値は単にそれだけではない。いそいそとひざまずいて聖痕を受ける聖フランチェスコの姿態には、イエス・キリストにたいする限りない愛と聖痕を受けたいという燃えあがるような望みがはっきりと見られる。キリストは空中で熾天使たちに囲まれフランチェスコに聖痕を授けているが、そこには感動が如実にあらわれており、これ以上美しい光景は想像できない。」ジョットの晩年に触れます。「ミラーノから帰ってまだそれほど経たぬころ、生涯にわたって数多くの美しい作品を描いたジョットは1336年に亡くなった。彼は秀れた画家であったが、それに劣らず良いキリスト教徒でもあった。フィレンツェ市民は、彼を直接知っていた人はもとより、彼の名前だけしか知らなかった人も、みなその死をいたんだ。ジョットは生前誰からも愛されたが、とくに何事によらず一芸に秀でた人々から愛された。そしてその功績にふさわしい名誉をもって葬られた。」今回はここまでにします。