Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「妖精の距離」について
「瀧口修造 沈黙する球体」(岩崎美弥子著 水声社)の第3章「妖精の距離」の気になった箇所をピックアップしていきます。「瀧口の詩画集『妖精の距離』(絵・阿部芳文〔展也〕/1937年)には、重量のない、物質の持つ重力の束縛から離脱した世界が描かれている。それはこころの深層部にある重苦しさを強調しがちなシュルレアリスム全体が次第に衰退していくのとは別に、瀧口の新たな展開を待つものであった。」さらにこんな論考が続きます。「『妖精の距離』には、こころの深層部に踏み込むのではない、何かを内観しようとする姿勢が見られる。さまざまな物質は『奇妙な線で貫かれ』、危ういバランスを保っている。『距離』とは、このバランス感覚に支えられている物質同士の距離のことでもあるだろう。このような距離感というものは、目に見えるものではない。この詩には夜が登場せず、『夜曲』のような暗さはないが、死の影は『浮標』という言葉で暗示的に扱われている。透明な均衡の下には死の世界があるのだが、それは現実の世界に住む私たちには見えない。しかし、目には見えなくとも確かに存在しているものたちが、ここでは静かに均衡を保っているのである。」私は個人的な感覚として、瀧口修造の詩の世界に造形美術の匂いが立ち込めていると感じることがあります。それは美術家との交遊が多く、とりわけシュルレアリスムを体現しようとする美術家を瀧口修造が批評を通して助言してきたことと無縁ではないと考えます。「『象形と非象形の問題』の章において、瀧口は20世紀芸術が克服するべき課題は抽象と超現実の対立ではなく、象形と非象形の不可避な分裂であると結論づけた。そのような現代絵画の領域から提起された『形』の問題は、絵画という狭い範疇だけでなく、詩や音楽、建築なども含んだ『造形』というものに対して現代人が持っている欲求全体に関わっているのではなかろうか。」今回はここまでにします。