2024.07.10
「瀧口修造 沈黙する球体」(岩崎美弥子著 水声社)の第6章「物質のまなざし」の気になった箇所をピックアップしていきます。「瀧口は美術批評を始めた頃、『詩と絵画を同じ領域にする』という願望を抱いた。デカルコマニーの制作においても、インクの青色の重なりや広がりというマチエールの問題を越えたところに陰影感があり、そこに詩的と言うほかはない世界が展開されている。本職の批評においても独特の詩的な感性は随所に見られ、瀧口の仕事において詩的ということが大変重要であったことがうかがえるのである。」瀧口修造はスペインで画家タピエスと出会います。「壁画はしばしばモニュメントとしてや政治的な性格を持つが、少年期に内戦と言語弾圧を経験して閉ざされた内面を持つタピエスにとって(あるいは瀧口にとっても)、壁は自分自身の反映なのである。そのタピエスとの出会いは、瀧口の創作意欲を触発したと見てよいであろう。タピエスと瀧口の詩画集『物質のまなざし』の完成は1975年であった。それは最初の出会いから約15年という年月を置いたのちのコラボレーションであり、瀧口は晩年を迎え、ミロの影響下にあったタピエスは独自の画風を備えていた。」その詩画集の内容はどんなものであったか、記述の中にこんな文章がありました。「『澄むは/物質のまなざし』と、実は泥で覆われていた壁には空気のような透明な眼があり、その澄んだまなざしが逆に人間を観察しているのである。この表題作には、芸術をはじめとして人間が作り出したものは人間存在を表す隠喩であり、それとの相互の関係から自己を発見していこうとした瀧口の思想が語られている。」ネットで調べると「アントニ・タピエス・イ・プイグ(Antoni Tàpies i Puig、1923年12月13日 – 2012年2月6日)は、スペインの現代芸術家で、シュルレアリスムの画家としてキャリアを始めたが、その後すぐ抽象表現主義に進み、美術用画材ではないものを利用した芸術である『アルテ・ポーヴェラ(Arte Povera)』スタイルで創作活動を行う。」とありました。今回はここまでにします。