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「ミケランジェロ」について・11
「芸術家列伝3」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 田中英道・森雅彦訳)の「ミケランジェロ」について、幾つかに分けて気に留まった箇所をピックアップしていきます。本書はこれが最後になります。「フィレンツェ時の1563年2月17日23時ーローマ時の1564年ー彼はよりよき生へ旅立つべく、息をひきとった。ミケランジェロは芸術の仕事に専念し、いかに困難なものであれすべてを成しとげるのであった。そして自然そのものから、かの造形力のこの上なく卓越した天分に十分かなった技量を得ていた。さらに完璧であろうとして、たえまなく解剖学を学び、骨、筋肉、腱、血管の原理やその結合や、人体の多様な動きを仕草を見出すために、人間の皮を剥いだりした。しかもたんに人間ばかりではなく、動物、殊に彼が好んで飼っていた馬を解剖した。あらゆるものについて、芸術に関わるかぎりはその原理や法則を見出そうとしていたのである。そしてそれを自分の手になる作品で示してみせたので、解剖を専門とする者は何もすることがないほどであった。~略~ミケランジェロが芸術に憑かれる者の常として、孤独を愛したことはだれにも珍しくはうつるまい。芸術はただひとりで思索にふける人間を要求するのである。それで芸術研究に専心しようとする者は、仲間付き合いを避ける必要がある。それらを空想とか異様と考える人は間違っている。よい仕事をしようとする人はあらゆる心配事や煩わしさから遠ざかっている必要があるし、天分は思慮、孤独、快適さを要求するもので、心に過ちがあっては困るからである。とはいえ、それをわきまえつつ、都合のよいときには、彼は多くの偉大な人、学者、才能のある人と交わった。~略~若い頃には仕事に熱心なあまり、わずかのパンと葡萄酒で生活していた。また年老いてからもそれを続けており、礼拝堂の審判図を描いた頃までは、その日の仕事を終えてから、晩にほんのわずかの休息をとった。彼は豊かではあったが、貧しい者のように生活し、どんな友人も彼とは稀にしか食卓を共にしたことがなかった。また彼は、人が何か贈ってくれればその人にいつも恩義を感じるので、逆にだれからの贈物をも望まなかった。こういった質素さが彼をきわめて用心深くさせ、ほとんど眠らないようにもさせたのである。眠れないことがよくあり、夜に起き出して鑿で仕事をしたりした。」ミケランジェロの創作生活を描いた箇所に私は興味津々でした。本章の残りの部分は巨匠に見合った葬儀が何頁にもわたって書かれており、後世に残る存在の大きさが示されていました。