2026.01.09
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第5章 布教第二期ー日本人による聖母像の制作」は5つの単元から成っていて、今回は「4画学校の活動」と「5『慈しみの聖母』のその他の遺品」の2単元を取り上げます。「日本の画学舎はインド以東にイエズス会が布教した地域のなかで、もっとも生産的であり、かつレベルの高いものであったことが推測できる。その理由は、第一に、日本美術がもともと保っていた技術的、美的水準の高さにまつべきであろう。安土桃山時代は豪華絢爛たる障壁画の全盛期であり、それらの障壁画は花鳥の装飾美を強調する面があると同時に、都市景観、人物往来の現実的な情景を描く写実性も兼ね備えているものであった。第二の理由は、ニコラオおよびヴァリニャーノが、西洋の彫刻的、立体的素描法を画学生におしつけることをせず、宗教的図像は厳にこれを教示したとしても、手法、様式そして技法材料は、主として日本人画学生が受け入れやすいものとしたからである。この結果として、筆者が布教画第二期の特徴とみる『西欧の図像+日本の手法』という完全な適合芸術が生れたのであった。~略~《雪のサンタ・マリア》は、二十六聖人記念館館長であった結城了悟師が長崎県西彼杵半島の外海の農家で発見したものである。『雪のサンタ・マリア』という呼称は、この絵を保存していたキリシタンの家でそのように呼ばれていたということであり、これは教会暦でも、外海の信者が使っていたセバスティアンの暦でも8月5日のマリアの祝祭のことである。結城師はこれを『無原罪の聖母』の図像であるとしている。~略~この『無原罪の聖母』は、眼を伏せ、両手を合わせて祈っている。しかし原画はひきちぎられて、破損の痕をかなり雑に文様のついた和紙で貼り付けてある。それでも、首と肩、胴体のつながりが完璧で、線描を主として描かれているにもかかわらず的確な陰影と人体素描によって形態は把握され、青いマント、そのひだ、赤い胴衣とオレンジ色のハイライトなど色彩も見事な手腕である。特に精妙なのは祈る手の指の素描であり、これは日本画の人物画における習熟した線描を想起させる。迷いのない一筆の線で描かれた唇、眉、眼も、絵巻の人物を描く線描のように巧みな線で描かれているが、しかし、唯一異なるところは、眉の下、鼻、頬と首に置かれた立体感を示す陰影である。しかし、それも版画を模写した油彩の絵のような強調された立体感ではなく、基本的には二次元的な受け取り方であり、空間は意識されていない。西欧の画法と日本の画法が調和よく融合し均衡を保っている。このような作品において、ローマ教会の図像は、日本の手法、様式と合体し、東西融合のキリスト教美術を完成することができたのである。」今回はここまでにします。