Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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新聞記事より「未完で…」
今日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「未完で生まれて未完で生きて、未完で死ぬ。 横尾忠則」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「作品の完成を前にしながら最後の一歩が踏み出せずに終わることはつねにあると、美術家は言う。ピカソの『ゲルニカ』も、画面は描き損じたり消し忘れたりしたままで、そこに彼の迷いが垣間見えるから見応えもあると。人間はいつもどこかへ向かう途上にある旅の人、止まればいのちが途絶える過客であって、それ故にこそ自由も可能となるのだろう。『飽きる美学』から。」美術家横尾忠則氏はグラフィックデザイナーから画家へ転身し、鮮烈な作品を数多く制作しています。高校の同級生で俳優の竹中直人君は、昨年の夏に横尾氏にインタビューを行なっていました。その足で竹中君は私の個展に来てくれたので、横尾氏の現在の状況が生々しく伝わり、私には巨匠とも言える横尾氏が身近に感じられました。作品は常に未完成で、それが東京の画室に雑多に立てかけてあったそうで、その映像を見て私も刺激をもらいました。確かに作品を完成させようとすると、それをよく見せようとする意識が生まれ、その分作品はつまらなくなっていきます。銀座のギャラリーに展示した私の作品は、こんなにも退屈だったっけと思う節もあり、未完成な状態の時の方が何故か生き生きとした詩魂があるように思えてきます。だからといって陶彫作品は窯入れしなければ作品の体を成さないので、集合彫刻をまとめる時に、バランスを敢えて欠く部分を作ってみたりしました。それでも完成をしないというのは落ち着かない心の状態のままでいるので、現行の作品につい決着させたいと思ってしまうのは生真面目な自分の性格によるものなのか、完成していないと次へ進めないと自分の中で手枷足枷を嵌めてしまうせいなのか、その内心を自分で推し量る事さえ分かりません。ただ、未完の方が作品は面白いままだということは充分理解しているつもりです。