Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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新聞記事より「路傍の画家」
今日の朝日新聞「天声人語」の内容が気に留まったので全文引用いたします。「道路脇に座り、地面に画材を広げて無心に絵に向かう。そんな姿を、町の人たちは覚えていた。2014年に101歳で亡くなった画家、江上茂雄さんである。先日、たまたま訪れた東京・上野の東京都美術館で、400点の作品に出会った。クレヨンや水彩、木版など、身近な画材だけでこれほど豊かな表現ができるのかと目を奪われた。むっとするような深い夏の緑、雨にぬれた夜の町、海に近い工業地帯。多くは長く暮らした福岡県大牟田市と熊本県荒尾市の身近な風景だ。幼い頃に父を亡くし、母子の貧しい生活が続いた。絵を学ぶ機会も、画材を買う金もない。15歳で三井三池鉱業所建築課に就職した後は、日曜だけが描く時間だった。『人は人を区別する』と、人間を描くことはほとんどなく『自然は誰に対しても平等だった』と、生前に語ったという。油絵を描かなかったのは、画材が高く、知識もなかったからだけではない。安価な材料でもひけをとらない絵を追求するという、静かな決意表明でもあった。次男の計太さん(75)は、『社宅の縁側でいつも絵を描いていた』と回想する。毎朝歩き回って描く場所を決めた。残した作品は1万点をゆうに超える。学芸員の大内曜さんは、同じ場所を何度も描いていることに気がついた。『表現は枯れず、毎回全力投球していたのがわかる』。人の評価を求めず、画壇とのつながりも持たなかった。生きる楽しみも悲しみも、すべて絵に託した『路傍の画家』に心を打たれた。」この人は創作の喜びを体現していて、目の前の事象を描き切ったことが、自分の納得や満足に繋がっていたのだろうと察しています。私も毎日陶土に触れていると、それだけで他のことは何も考えられない境地になります。今日はうまくいった、昨日よりもうまく描けた、日によってはなかなか構図も決まらず、タッチが上滑りしてしまう日もあったことでしょう。それでも表現する意欲に支えられ、今度こそ良い作品を作ろうと挑んでいく心意気が、誰かの心に刺さるのだと私は思います。