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二科展出品の「乾き、潤う」雑感
昨日に続き、今日も東京へ美術鑑賞に家内と出かけました。六本木にある国立新美術館では「二科展」が開催されています。私の後輩の彫刻家である長谷川聡さんが本展に出品しているのです。彼は会友となっているため今回から無審査でしたが、自らの水準を落とすこともなく、相変わらず力作を出しています。表題にした「乾き、潤う」とは彼の作品のタイトルで、従来から持ち続けているイメージを発展させていることが、このタイトルからしても分かります。最初の頃の彼は合板を貼り付けた積層ブロックを彫り込んでイメージの具現化に努めていました。ところが今回の作品は松と桜の自然木を使っています。木彫は木材の質で存在感が変わります。つまり「乾き、潤う」は一木造ということになり、積層で作っていた旧作は寄木造(若干ニュアンスは違いますが)と言えます。一木造は木肌や年輪が前面に出るので、木彫の面白さがよく現れますが、木材の太さや年輪の密度に制約も出てしまいます。今回の作品はその制約をうまく利用して自然に逆らわずに彫り進められた感じがしています。木彫家は如何に木を生かすのかが常に問われます。自然木を一木で扱うのであれば尚更その木を見て、その木が望んでいる形態を彫り起こす必要があるのです。そこへいくと寄木造は自由度が増し、自らの発想やイメージを優先させることが出来ると思っています。木彫に拘るのであれば、木彫によってどんな世界を創出したいのか、木材を単なる素材として考えるのであれば、イメージ優先の世界観を持つべきであろうし、木を敬い、木のコトバを聴くのであれば自然木を探し、木との折り合いをつけて作品化すべきであろうと思います。過去に彼は素材としての木を使い、水滴や水流を表現してきました。「乾き、潤う」も乾いた大地に水が流れて潤っていく様子を描いています。それは自然木の持つ制限のギリギリのところで勝負していたようにも感じます。今後の彼の方向性に期待しています。