Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

ウィーン工房の「椅子」
先日、「機能と装飾のポリフォニー」展を東京都庭園美術館に見に行きました。昨日のNOTE(ブログ)に会場で購入した図録を利用して、その全容を書きましたが、私自身が心を動かされた作品を今回は取り上げたいと思います。東京都庭園美術館はもともと朝香宮鳩彦王が住まわれていた御殿でした。旧御殿は関東大震災で被害を受け、新邸を建設する際に、朝香宮夫妻が滞欧中に見た「アール・デコ博」によって感銘を受けたことが建設の動機になっています。フランスから有名な装飾美術家を呼び、夫妻は実際のアール・デコ様式の邸宅を作ったのでした。1983年に美術館として公開されたのですが、改修は僅かにとどめられ、竣工当時の様態を伝える貴重な文化財に指定されています。そんな美術館に入ると、最初に大広間があります。壁面はウォールナット材を使用しているので重厚さがあり、中央にある階段の手摺りにはアール・デコの嵌め込み金属があって、ちょっとした威圧感があります。今回の展覧会では、その大広間に「座るための機械」と題されたヨーゼフ・ホフマンの椅子が展示されていました。大広間の持つ雰囲気に融和する造形作品に私の足は止まりました。さらに奥の部屋にはコロマン・モーザーの椅子「アームチェア」がありました。私は椅子の形態が好きで、椅子は実用を伴うオブジェだと思っているのです。ホフマンの椅子は直線と曲線が巧みに調和しているところが、私は美しいと感じています。モーザーの椅子は市松模様の座席がきりっと引き締まった印象を与えていました。ウィーン工房を牽引した2人のデザイナーの実際の作品が見られたことは、私には幸運でした。バウハウスまで時代が経つと、幾何学的要素が強くなり、社会が量産体制に向うことになるのですが、そこまで到達しない前時代的な装飾と先進的な機能を双方併せもつ日用品に私は魅力を感じています。確かにホフマンやモーザーの椅子は折り畳むのは不可能で、ある程度の場所を占領してしまいますが、その美的形態は、利便性を重んじる現代の日用品からすれば、新鮮な驚きがあるのです。懐古趣味と思われるかもしれませんが、当時のアール・デコ様式に現代では失いつつある人間感情の発露を見取るのは私だけでしょうか。