Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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ギリシャ彫刻の発祥について
私は高校時代に美術の専門家を目指すことになり、高校教師に勧められて受験用の予備校に通うことになりました。そこでは石膏像を木炭紙に木炭でデッサンすることから基礎学習が始まりました。石膏像はギリシャ彫刻を模造したもので、本物は大理石に人体が彫られたものです。初心者は細かい所に目がいってしまうのを、指導者は大きく捉えるように大雑把な陰影を描きこんだりして、私のデッサンを躊躇なく壊していきました。その繰り返しで私は表面より形態の構造把握を体験することになったのでした。海外生活を引き揚げてくることになった30歳の頃、ヨーロッパ文化の源泉とも言うべきギリシャに行ってギリシャ彫刻に接した時は、何とも言えない感慨が込み上げてきました。紀元前の時代にどうしてこんなにも均整の取れた見事な人体像が作られたのか、その奇跡的な美意識をどう考えたらよいのか、私にとっては長い間の謎でした。現在読んでいる「風土」(和辻哲郎著 岩波書店)にその答えがありました。「観る立場の発展は観らるるものにおいてその中味を獲得する。あくまでも明るい、見えぬもののない、そうして規則正しいギリシャの自然が、ここでは見る立場の中味になる。自然はすべてを露出している。そうしてそこには一定の秩序がある。この考えは自然哲学者を支配していたとともにまた芸術家を動かす力でもあった。ギリシャ彫刻の最も著しい特徴は、その表面が、内に何物かを包める面としてでなく、内なるものをことごとく露わにせるものとして、作られていることである。~略~外面において内面を見つくすのである。彫刻家はそれを微妙な鑿の触れ方によって成し遂げている。たとえばパルテノンのフリーズの浮き彫りにおいては、衣文を刻んだ鑿のあとはまだまざまざと残っている。それは彫り凹めた跡であって決して滑らかな面を作ろうとした跡ではない。~略~自然の秩序正しさは芸術家の観る立場の中で発展した。ここにギリシャの芸術の合理性がある。そうしてかく技術において把捉せられた合理性からして数学的学問が発展し出でたのである。だからギリシャにおいては、幾何学の知識が芸術を幾何学的な規則正しさに導いたのではなく、幾何学が成立する以前にすでに芸術家が幾何学的な比例を見いだしていたのであった。」ギリシャ彫刻以前にエジプト彫刻があったとしても、硬質な様式を持つエジプトに比べれば、何という比類なき具象性をギリシャは獲得したのでしょうか。自分にとってはあの石膏像の描写が美術家へ近づく扉だったのでした。