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「カピトリーノ作品」について
「カラヴァッジョ」(宮下規久朗著 名古屋大学出版会)は、今日から「第7章 二点の《洗礼者ヨハネ》の主題 」に入ります。本章最初の単元「1 カピトリーノ作品」の気になった箇所を取り上げます。「カピトリーノ美術館にあるカラヴァッジョの通称《洗礼者ヨハネ》は、近年その主題について新たな疑問が投げかけられている作品である。~略~仔羊の代わりに大きな角を持った老羊を抱くこの少年は本当に洗礼者ヨハネであろうか。ヨハネでなければ誰なのか。この問題は近年さかんに論議されたが、十分に納得できる結果を見ていない。」《洗礼者ヨハネ》の主題から離れた見解を示す人々のことを書いた箇所がありました。「笑みを浮かべてこちらを見つめるこの全裸の少年について、フロンメル、ポズナー、ブランディらは、挑発的でエロチックな性質を認め、カラヴァッジョのパトロンであるデル・モンテ枢機卿の私生活とも関連する同性愛的な表現がキリスト教的な偽装を施されたものであるとした。また、マーンと同じくこの作品を『牡羊と少年』と呼ぶモアールは、牡羊は好色の象徴であり、少年が嘲笑しながらレダのように牡羊を抱擁するこの作品は宗教色のない異教的な悪童を描いたものあるとした。」また、この少年がヨハネではなく、「解放されたイサク」であるという説も出てきました。「この作品の主題が『解放されたイサク』であるという説が、今や最も説得力をもっているように思われる。しかしいくつかの難点もないわけではない。まず、犠牲の場面以外にイサクを扱った作例がない、つまりイサクを単独で表現した例が存在しないという点である。たしかにカラヴァッジョはしばしば伝統的な図像に逆らい、図像上の革新を推進した画家ではあったが、過去に作例の存在しない宗教的主題を描いたためしはないのである。次に、裸体の青年が荒野で修業するという洗礼者ヨハネの図像に近い、あるいはそれを容易に想像させるという点である。」果たしてこの作品の主題は何なのか、カラヴァッジョ本人に聞かないと分からないのかもしれません。今回はここまでにします。