Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

千葉県佐倉の「カール・アンドレ」展
昨日、千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館で開催されている「カール・アンドレ」展に行ってきました。副題に「彫刻と詩、その間」という言葉がついていて、カール・アンドレが求めた世界観が彫刻の物質だけではなく、詩としての言語にもあることが示されていました。その詩を私は今一つ理解できませんでしたが、隣室にアンドレの関連する世界として展示されていたフランク・ステラの「ブラック・シリーズ」は、アンドレの発想源として理解できました。図録より空間作品に関わる箇所を拾います。「1960年に構想された〈エレメント〉は~略~極めて簡素な角柱をその名の通り『要素』として大きな積み木のように組み替えることのできる、可変性のある『彫刻』だ。角柱を一つだけ立てた、基本となる形体のタイトルは、古代ギリシャ時代の道路標識で、ヘルメスの胸像を乗せた角柱を意味する《ヘルメ》と付けられた。幾何学的で一般的な形体を用い、それを作品とみなすこと、同一のユニットを複数用いること、切断も接合もしないことは、その後アンドレが広く展開する要素であり、その萌芽となる作品と言える。」またアンドレは彫刻をこんなふうに分類しています。「アンドレは近代彫刻史の発展を『形(フォーム)としての彫刻、構造(ストラクチャー)としての彫刻、場(プレイス)としての彫刻』と独自に解析する」これに私は共感を覚えました。「アンドレは唯物論者(マテリアリスト)、つまり意識に対する物質の根源性を主張する考えを持った作家で、写真や言葉を通して二次的に作品を知り、理解されることをひどく嫌った。事実、アンドレの作品の前に立つと、木の匂い、割れ、ささくれ、錆が出た金属、アルミニウムの光沢と曇りといった多くの情報が質量を伴った物質として現前し、『そこにあること』の意味が感じられる。」(引用は全て杉浦花奈子著)カール・アンドレの立体作品は実際にこの眼で見ないと分からないと、私が咄嗟に思ったことは間違っていなかったようです。アンドレの彫刻分類で言えば「場(プレイス)としての彫刻」に本展の印象が集約されていくと私は考えました。