2025.04.06
日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)に書いていますが、今回は描写について自分が思うところを述べてみます。昨日から新作の平面作品を作り始めていて、板材に鉛筆で全体構成を書いています。平面の作業は久しぶりだったので、鉛筆で全体構成を捉えて描いていく勘を取り戻すのに時間がかかっていますが、学生時代は描写用具を常に携帯していて、折に触れてスケッチをしていました。大学受験に欠かせなかったデッサンの技法もその頃に鍛錬したものでした。現在読んでいる「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)に、こんな箇所がありました。「西欧の絵画は、二次元の画面に何とかして三次元の現実世界を表現しようという努力を重ねてきた。遠近法とか、明暗とか、肉付法という伝統的な技法は、その写実的表現のために西欧絵画が生み出した武器である。」ここで述べられているのは、私の受験時に会得したデッサンそのもので、その写実技法も結構な描写力を獲得すると、慢心して自分に酔うこともありました。でも、それは自分にとって創作活動でも何でもなく、単なる描写に過ぎないと思い返しました。そこに自分を投影するほどの表現が見いだせれば、具象作家としての道も開けますが、私の場合はあまりにも中途半端で、写実を生かした作品を世に問うことは出来ないと思っていました。日本の美術系の大学受験では描写力を求められるので、高校生の頃から石膏デッサンなり、静物デッサンなりを夢中でやってきたのでしたが、それなりの意義はあったと私は感じています。最近の入試では美術分野も多様化して描写力を必要としないコースもあると聞き及んでいますが、10代の終わりに、対象を見えた通りに描ける力の獲得は、私の場合は彫刻の世界において大変有効だったと考えています。それが例え抽象彫刻であっても、結果としてそういう形態になっただけで、そこまで到達する過程で、デッサンを駆使することは多かったと述懐しています。描写力はあるに越したことはなく、形態の多方向からの捉えを把握するには良い方法だと今でも思っています。