亡父の墓石を立てた時に、若い日々に旅したルーマニアの村々にある墓地に想いを馳せました。ルーマニアの木造りの墓地は死者のエピソードを取り上げて、具象的な絵画作品、いや浮き彫りされた厚板に彩色された作品と…[続きを読む]
ブランクーシのことを考えていると、今制作中の木彫が「無限柱」に似てくるので少々困っています。確かに「無限柱」は美しい造形で、簡素化させた形態の極みだと思います。ルーマニアの門や家の装飾がブランクーシの…[続きを読む]
ウィーンで学生だった頃、紀行作家のみやこうせい氏と学生食堂で知り合い、それが縁で彼が取材していたルーマニアに度々同行しました。自分は彫刻を学んでいたので、ルーマニアといえばブランクーシに関連するものが…[続きを読む]
たまに記憶の底から甦るところにパリのブランクーシのアトリエがあります。20数年前の当時はポンピドーセンターの近くにあって写真でしか知らなかったブランクーシの作品が所狭しと置かれていました。思っていたよ…[続きを読む]
先日から書いている土地にまつわる話です。日本でやっていた造園の仕事とヨーロッパでやっていた石彫の仕事。それぞれ親方の下で半端な助手として働いていましたが、滞欧生活2年目で訪れたパリでその融合とも思える…[続きを読む]
中学生の頃から大学卒業まで父の家業を手伝っていて、そのアルバイト代を貯めてヨーロッパに出かけました。気候風土は日本の湿った環境とはまるで違い、乾燥した空気に心地よさを感じました。日本のような肥沃な土地…[続きを読む]
海外で暮らしていた頃は、米を炊いて、高価な醤油を使って料理していました。日本食くらい美味しいものはないと思っていました。帰国した時、実家で食べた米飯の味は忘れられない思い出です。ところが今はパンに凝っ…[続きを読む]
ウィーンにいた時、そこの美術館にE.バルラハの刀を振りかざした人体彫刻がありました。最初はK.コルビッツが作ったものだと誤解していました。あまりにもコルビッツの素描や版画と似ていたのです。人物を簡潔で…[続きを読む]