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新聞記事より「予測がつかないもの」
今日の朝日新聞「折々のことば」より、記事内容を取り上げます。「自分が頭で考えたようなものではなく、自分でも予測がつかないようなもののほうがいいんです。宮崎駿」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「人前で話す時は、凶暴で破滅的なことは控え、前向きでいたいが、映画作りではそうはいかないとアニメーション監督は言う。いろんな人の思いや考えが軋む中で、『こうしたい』というより『こうせざるをえないから、こうなった』というふうに進むと。ぶつかりが激しいほど道は必然となる。『折り返し点  1997~2008』から。」映画は一人ではできず、組織としての分担作業があり、物語の意図を理解してもらうために、スタッフとのぶつかり合いがあるのだろうと察します。他者の理解と共感を得るために『こうせざるをえないから、こうなった』という説得材料を用意して、何とか自分の発想やら展開の手法を推し通していくのではないでしょうか。創作活動は自分の描くイメージから発し、自分が思うように進めていかれるのが一番ですが、そこにはさまざまな葛藤があり、他者との軋轢も存在します。私は個人制作なので、他者の意見は気にしませんが、大きなプロジェクトになると骨が折れることもあるだろうと考えます。ただ、個人制作の場合でも、計画通りにスムーズに進むと、出来上がった作品は底辺の浅いものになってしまいます。と言って、あまりにも紆余曲折し過ぎると、作品は苦労した割には実りのないものになってしまいます。組織にしろ個人にしろ、これは創作活動の難しい側面で、うまくいった前例を模倣しても愚作になるだけです。慣れも禁物で、慣れた技法で饒舌に語っても愚作の上塗りに過ぎません。創作活動は何と厄介なものだろうと思いつつ、だからこそ面白いのかもしれません。「予測がつかないもの」の中に次なるステップが潜んでいるとも考えられます。