先日まで読んでいた日本画家田中一村に関する書籍の2冊目です。新聞社が編集した田中一村の伝記で「日本のゴーギャン」という表題がついています。同じ作家に関するものを別の書物で続けて読むのは初めての体験です…[続きを読む]
表題は大矢鞆音著「田中一村 豊饒の奄美」で、3月に奄美大島に行った時に購入した書籍の一冊です。田中一村は以前NHK「日曜美術館」で取り上げられて興味を持った日本画家で、横浜のデパートの巡回展にも足を運…[続きを読む]
車検があって今週は電車通勤です。通勤時間は読書の時間と考えるようにして、自宅に山積みされた本の中から何を読もうか選びました。今年3月末に奄美大島に行った際に購入した日本画家田中一村の伝記や評論を読むこ…[続きを読む]
自分の中では記憶した時代が異なるのに、2つのモノの間に勝手なイメージの重複がある場合があります。たとえば大学時代に西武美術館で見た「エゴン・シーレ展」。展示作品の中に「小さな町」(1912〜13)とい…[続きを読む]
ヨーン・フェレメレン著「ピーター・ブリューゲル物語〜絞首台の上のカササギ〜」(鈴木久仁子・相沢和子訳)を今日読み終えました。これは創作だと思っても、ブリューゲルの短くも過激な一生がいろいろな人との関わ…[続きを読む]
まだ読み終えてもいない本をブログに書くのは初めてです。厚めの本ですが、翻訳であっても読みやすく、さらさら読めてしまいます。こうした歴史に現れる断片を使って創作していくことは、読み側としては楽しい限りで…[続きを読む]
高校生の頃よりモデイリアーニの画業は知っていましたが、自分は今までモデイリアーニに親近感を持てずにきました。いったい何故と自分を疑います。モデイリアーニは自分がファンになる要素をたくさん持った芸術家で…[続きを読む]
今晩のNHK新日曜美術館を見て、画家のルオーとマチスが長い間書簡のやり取りがあったことを知りました。数多くの手紙に芸術家同士の励ましや気遣いが感じられて暖かい気持ちになり、また創作への勇気を与えられま…[続きを読む]
昨日のブログに書いた彫刻家池田宗弘先生を初め、画家藤田嗣治、文豪夏目漱石など、猫を表現媒体にする芸術家は多いと感じます。同じペットでも犬やウサギに比べるとどうでしょう。古今東西の芸術家の作品テーマで、…[続きを読む]
ジャコメッテイの彫刻は、ムアからやや遅れて、図版によってその存在を知りました。細く削ぎ落とされた人体。大きめの台座から陽炎のように立ち、人の存在自体が無くなってしまいそうな表現。当時ムアばりの豊かな量…[続きを読む]
「バウハウス」はドイツの都市ヴァイマルの工芸大学と美術大学を統合して作られたと本で読んだことがあります。国立の学校でした。初代校長は建築家のグロピウス。ドイツ工作連盟を調べていくうちにグロピウスの存在…[続きを読む]
自宅の書棚に「バウハウス」について書かれた本が結構あります。ドイツ語による原書もあるのですが、もうオーストリアから帰って20年経ち、とてもドイツ語を読む気になれません。写真図版を見てちょっとしたコメン…[続きを読む]
以前から興味はあったもののなかなか身近に感じることができなかったものがドイツ工作連盟です。19世紀末にあったユーゲントステイールからさらに前進して、美術と産業が密接に結びついた組織。20世紀初頭にミュ…[続きを読む]
高校時代に油絵を描き始め、最初に影響を受けたのが佐伯祐三でした。鋭く素早い筆致で描かれた風景画を見ながら、どうしてこんな空気を感じさせる雰囲気が出せるのだろうと思っていました。佐伯祐三画集にあったフラ…[続きを読む]
ロシア人画家カンデインスキーについては度々ブログに書いてきました。当時進歩的だった刊行物「青騎士」についても触れたことがあります。「青騎士」の翻訳が出版され、さっそく読んで感想を述べたこともあります。…[続きを読む]
法律文化社「ドイツ表現主義の世界」を読んでいたら、画家クレーとマッケがチュニジアを旅行し、そこから絵画表現が大きく変わったことが書かれていました。北アフリカの風土から受けた影響は、とくに色彩に表れてい…[続きを読む]
昨年の5月5日のブログにE・バルラッハのことについて書いてあります。上野の美術館でバルラッハの展覧会をやっていたので、期待に胸をふくらませて出かけたのでした。期待は裏切られず、自分の滞欧時代に見たバル…[続きを読む]
ドイツ表現主義を調べていくとベルリンの「ブリュッケ」とミュンヘンの「青騎士」という2つの芸術家集団に出会います。「青騎士」は年刊誌が発行され、カンデインスキーの理論が核になった集団であるのはよく理解で…[続きを読む]
「デイ ブリュッケ」はドイツ語で「橋」を意味します。ドイツ表現主義の中で重要なグループだった「ブリュッケ」は、自分が渡欧するまで日本でほとんど作品が紹介されることがなかったように思います。キルヒナーや…[続きを読む]
職場の同僚にK・コルヴィッツの画集を貸したことで、自分が影響を受けた女流芸術家について書いてみたくなりました。学生時代は先日のブログにも書きましたが、コルヴィッツ一辺倒でした。その後はレンピッカが好き…[続きを読む]
芸術家の生涯を描く映画には、芸術家がドラマチックなエピソードを持っている場合と、芸術家の作品を映像表現に置き換えて作る場合があると思います。たとえば「炎の人ゴッホ」は前者、今回観た「クリムト」は後者で…[続きを読む]
西田秀穂訳によるカンデインスキー著「点・線・面」を読んだ感想としては「バウハウス」時代のの教材研究のひとつとして書かれた内容が、今でも新鮮さを失っていないことに気づいたことです。ただ内容は内容として理…[続きを読む]
日本画家小泉淳作氏による「双龍図」は、かつてテレビで放映された制作ドキュメントで知りました。北海道の学校の体育館を借りて、綿密に描かれた下図から、いよいよ巨大な天井画に移していく過程は気迫に満ちていま…[続きを読む]
自分がまだ大学の彫刻科に籍を置いていた頃、デザイン科共通彫塑研究室に若林奮先生がいました。直接教わることはなかったのですが、個展等があれば足を運び、また文章が記載されていれば必ず目を通していました。作…[続きを読む]
昨日行った横須賀美術館には谷内六郎館があって、「週間新潮」の表紙になった絵をまとめて見ることができます。この日は自分の教え子で仕事の同僚になった人が一緒でした。彼女は谷内六郎の世界が大変気に入って、「…[続きを読む]
年刊誌「青騎士」は1912年ミュンヘンで出版された、という訳者の前書きから始まって、この貴重な本に様々な芸術家が評論を寄せています。1912年といえば20世紀初頭。ほとんど1世紀前に書かれたものです。…[続きを読む]
ドイツ表現主義に興味を持ってから、当時住んでいたウィーンで資料集めをしていた時期がありました。「EXPRESSIONISMUS(エキスプレッショニスムス)」と表題にあった書物をいろいろ購入したものの原…[続きを読む]
20数年前にドイツやオーストリアで生活し、表現主義の枠に括られる多くの画家や音楽家の遺産をこの目で見ておきながら、表現主義の何たるかを知らず、キルヒナーやノルデの絵画世界がもつ漠然としたイメージだけで…[続きを読む]
20数年前に初めてヨーロッパに渡り、最初に降り立った都市が旧西ドイツのミュンヘンでした。東京〜パリ間をフライトし、パリを見ずにそこからすぐミュンヘンまで飛んでしまいました。日本の大学に通っていた当時か…[続きを読む]
ホルスト・ヤンセンと同じように、カール・コーラップもウィーンで初めて知った画家です。種村季弘著「断片からの世界」にコーラップに関する評論が掲載されていたので、これを契機にコーラップの絵を知った時の昔の…[続きを読む]
ウィーン幻想派画家やフンデルトワッサーほど国際的な名声を得ていないので、カール・コーラップを日本で知ることはありませんでした。20数年前にウィーンにいた頃、コーラップのタブローや版画を多くの画廊が扱っ…[続きを読む]