かつて人が住んでいた建物が残骸として残る廃墟。とりわけ石造建築は残骸さえ美しいと感じるのは万人にあるらしく、その欠落した建造物を多くの画家が描いています。私も時間が経過し蔦が絡まる廃墟に魅了された一人…[続きを読む]
アメリカを代表する彫刻家イサム・ノグチは何度もNOTE(ブログ)で取り上げている自分の大好きな作家の一人です。香川県牟礼にあるイサム・ノグチ庭園美術館を訪れたのは何年前か忘れましたが、その印象は強烈に…[続きを読む]
「彫刻家との対話」(酒井忠康著 未知谷)を読み始めました。以前本書の姉妹編にあたる「彫刻家への手紙」(酒井忠康著 未知谷)を読んだことがあって、現代彫刻に関する著作の多い美術評論家の思索は、自分にとっ…[続きを読む]
「ゲーテ美術論集成」(J・W・フォン・ゲーテ著 高木昌史編訳 青土社)を読み終えました。北方絵画・建築・彫刻・版画のゲーテによる美術論がコンパクトにまとめられていて、概観を把握するのに好都合でした。最…[続きを読む]
イタリア・ローマのヴァティカン美術館にあるラオコーン群像。自分は受験時代に石膏デッサンでラオコーンを描いたことがあって、20代後半に渡欧してヴァティカン美術館で初めて大理石による実物を見て、素材から受…[続きを読む]
ドイツの文豪ゲーテは美術にも造詣が深かったことは私も知っていました。たまたま書店で「ゲーテ美術論集成」(J・W・フォン・ゲーテ著 高木昌史編訳 青土社)があったので購入しました。翻訳に加えて解説がある…[続きを読む]
「マチスの肖像」(ハイデン・ヘラー著 天野知香訳 青土社)を読み終えました。マチスは画集「ジャズ」やヴァンス礼拝堂という晩年の作品が自分にとって印象的な画家ですが、生い立ちから修行時代、不遇な時代を経…[続きを読む]
「マチスの肖像」(ハイデン・ヘラー著 天野知香訳 青土社)を読み始めました。画家アンリ・マチスはピカソとともに20世紀を代表する巨匠です。先日、鎌倉の美術館でマチス晩年の画集「ジャズ」を見てきたばかり…[続きを読む]
暮しの手帖社から出版されている「一銭五厘の旗」は同誌編集長であり、表紙や挿絵も描いた故花森安治の、人柄を偲ばせる文章が満載された書籍でした。歯に衣着せぬとはこのことを言うのでしょう。滑舌のいい喋り口調…[続きを読む]
2012年の大晦日となりました。月日が経つのは本当に早いものだと感じます。一昨日から始まった休庁期間をずっと工房で過ごしました。新作の陶彫に追われ、今年は年賀状の準備も自宅の掃除も出来ずに年を越しそう…[続きを読む]
「一銭五厘の旗」(花森安治著 暮しの手帖社)は今夏、東京世田谷美術館で開催されていた「花森安治展」を見に行った際、そこに掲げられていた詩に感動して購入したものです。画家としての花森安治は、雑誌「暮しの…[続きを読む]
「体系をも人間をも容赦しない石化過程を今日まで免れてきているのは、ただシュルレアリスムだけだとわれわれには思われる。いまだ失語症に陥っていないものに絶えず警戒をうながすこと、人類に数百年来の抑圧を加え…[続きを読む]
「私の望みは、私たちを分離させえたあらゆる要素を乗り越え、分離の際に味わった感情、その一部はいまだ収まることを知らないのですが、そうしたもろもろの感情を乗り超えて、そこからは、何人もで一緒に辿った道を…[続きを読む]
「ブルトン シュルレアリスムを語る」(アンドレ・ブルトン著 稲田三吉・佐山一訳 思潮社)を読み始めました。この書籍は東京ワタリウム美術館の地下にある書店で最近購入したものです。誰でもそうかもしれません…[続きを読む]
「青騎士の誕生 カンディンスキーの舞台芸術」(小林奈央子著 早稲田大学出版部)を読み終えました。以前「青騎士」(カンディンスキー/フランツ・マルク編 岡田素之・相澤正巳訳 白水社)を読んだ時に、カンデ…[続きを読む]
「カンディンスキーにとって、調和に至る関係とは、場合によっては一方に服従を強いるものであった。彼は舞踊の他にも、あらゆる芸術手段の“依存”ー例えば、オペラにおける音楽と歌詞、バレエにおける物語と運動な…[続きを読む]
「再び、カンディンスキー」という表題をつけましたが、20世紀初頭に活躍したロシア人前衛画家カンディンスキーに関する文章は、「再び」どころではなく再三再四NOTE(ブログ)で取り上げてきました。書店に行…[続きを読む]
「現在の芸術と未来の芸術」「構成派研究」(村山知義著 本の泉社)という2冊セットの書籍のうち「構成派研究」は図版が多く、文章のレイアウトにもアールデコ調のデザインがあって楽しめる一冊です。先日見に行っ…[続きを読む]
「現在の芸術と未来の芸術」「構成派研究」(村山知義著 本の泉社)という2冊セットの書籍が自宅の書棚にあります。本書「現在の芸術と未来の芸術」は、今年の夏に見た「村山知義展」で購入したものではなく前から…[続きを読む]
武蔵野美術大学美術館で表記の展覧会を開催していました。芸祭(ゲイサイ)を見に行った時に同展を知り、書籍に興味のある自分は楽しく見ることができました。書籍はもちろん文字を目で追って内容をイメージしながら…[続きを読む]
「西洋の没落」をやっと読み終えて、一区切りつけました。1918年に書かれた本書は第一次世界大戦直後という時期でもあり、西欧の都市が破壊された状況を見た著者が、まさに没落していく西欧を目の当たりにしたこ…[続きを読む]
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。第5章「経済生活の形式界」に入り、そのⅡとした副題は「機械」です。ついに最終章を迎えました。5月11日から読み始め、…[続きを読む]
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。第5章「経済生活の形式界」に入り、そのⅠとした副題は「貨幣」です。いよいよ大作「西洋の没落」の最終章になりました。「…[続きを読む]
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。第4章「国家」そのⅢとした副題は「政治の哲学」です。「政治とは何であるか。-可能なことの技術である。これは古い言葉で…[続きを読む]
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)を読んでいて感じていることですが、自宅に眠る史学や哲学(叔父に中国考古学者がいて、別の叔父がカント哲学者)の専門書と比べると、本書には独特な…[続きを読む]
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。第4章「国家」の、そのⅡとしている副題は「国家と歴史と」です。「国家はその純粋な形式に近づけば近づくほど、絶対的にな…[続きを読む]
新作のイメージは制作の途中で突如湧くことが多く、今回は何かが天上から降りてくるような錯覚を持ちました。「発掘~地殻~」は既に2012年5月から制作が始まっていますが、題名は先日思いついたばかりです。当…[続きを読む]
現在読んでいる「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)は20歳の頃に購入した書籍です。どこか大きな書店の専門書棚で見つけ、タイトルに刺激されて買ったように記憶しています。当時、自分…[続きを読む]
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。第4章「国家」に入り、そのⅠとした副題は「身分の問題-貴族身分と僧侶身分と」です。前章の民族や宗教に関する論述では、…[続きを読む]
男性と女性に関する面白い文章があったので、NOTE(ブログ)で取り上げます。難解で意味を噛砕くために何度も読み込まなければならない書籍「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)を副題…[続きを読む]
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。そのⅢとした副題は「ピュタゴラス、モハメッド、クロムウエル」です。「このマリアと悪魔との二つの世界は、その伝説、その…[続きを読む]