「ボイスから始まる」(菅原教夫著 五柳書院)を読み始めました。先日まで読んでいた「ヨーゼフ・ボイスの足型」に続くボイス論です。ドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイスに関わる書籍は専門的な書店を探しても少なくて…[続きを読む]
「社会彫刻というのが、今日のテーマです。社会彫刻ということに関して、ボイスは『拡大された芸術観念』ということを言うわけなんですけれども、どうしても『芸術概念』という言葉を使うもんで惑わされてしまって、…[続きを読む]
「コーヒーを飲んだあと、いよいよ石膏の流し込みを始める。中庭は四方を囲まれているわりには、不思議に涼しい風が時おり吹き抜けるが、この夏の異常な暑さで頭がクラクラするほどだった。日陰で石膏を水に溶かし、…[続きを読む]
通勤時間帯に読んでいる「ヨーゼフ・ボイスの足型」(若江漢字 酒井忠康共著 みすず書房)に夢中になっていたところ、降りる駅のアナウンスが流れて、ドキっとしたことがありました。読書はその中に自分が入り込ん…[続きを読む]
現代美術を考える上で、自分の中では知名度ばかりが独り歩きをしていて、作品に込める哲学やその具現化等の実態を知らない巨匠のひとりがドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイスです。私が渡欧した1980年当時はドイツの…[続きを読む]
ドイツの現代芸術家であった故ヨーゼフ・ボイス関連の書籍を読むのは初めてです。自分の中での巨匠との関わりは別の機会に書きますが、実績を知りたい芸術家のひとりであったので、「ヨーゼフ・ボイスの足型」(若江…[続きを読む]
家業が造園業であったにも関わらず、自分は造園関係の書籍を読んだことがありませんでした。学生の頃、造園の仕事が好きになれなくて、造園を学問として扱うことを避けてきたように思います。実際は自然石を据え付け…[続きを読む]
亡父が造園業を営んでいたおかげで、私は空間造形としての日本庭園に関心があります。現在読んでいる「枯山水」(重森三鈴著 中央公論新社)は時代背景に沿った庭園史がまとめられているので改めて庭園を見直す契機…[続きを読む]
「~冒頭略~象徴主義が、自然主義の上に加えられていることは、日本庭園における根本概念であると共に、あくまでも、自然を尊重し、又は自然を基本としつつも、更に、より美しい自然へ、より崇高なる自然へ、より理…[続きを読む]
日本庭園を鑑賞する時、自分は全ての枯山水を同一視していましたが、「枯山水」(重森三鈴著 中央公論新社)を読んでいるうちに枯山水の歴史に触れ、時代とともに枯山水の形式が移り変わってきたことを知りました。…[続きを読む]
「枯山水」(重森三鈴著 中央公論新社)を読み始めました。先月来、縄文文化に関する書籍を読み漁っていますが、古代日本文化の視点を変えずに、次なるテーマとして庭園を選びました。枯山水の歴史からすれば、縄文…[続きを読む]
「縄文の音」(土取利行著 青土社)を読み終えました。カタチとしては残っていない縄文時代の音や歌の追求は、世界各国に伝わる民族古楽器や伝承歌を調査し、その共通項を探って縄文時代へ繋げる方法を取らざるを得…[続きを読む]
「縄文時代から見えないかたちで、わたしたちのこころの奥底を流れ続けている感覚。これをわたしは浮流感覚と仮に名づけたい。縄文の終焉以来、弥生、古墳、そして飛鳥の国家成立期を経て奈良・平安と、歴史はまるで…[続きを読む]
このところ日本の古代文化に対する興味が湧いています。現在読んでいる古代音楽に関する書籍に面白い場面があって注目しました。「演奏当日、橿原考古学研究所に総勢三十名のスタッフが集まり準備を始める。テレビ撮…[続きを読む]
先日まで読んでいた書籍で縄紋文化に興味が出てきて、次なる書籍を探そうとしていたところ、自宅の書棚に以前購入した「縄文の音」(土取利行著 青土社)を見つけ、これを読むことにしました。いつ購入したものか忘…[続きを読む]
「渦巻紋と輪廻転生」(藤田英夫著 雄山閣)を読み終えました。本書は分厚い専門書ではなく、私にも充分理解できるプロトタイプで、しかも刺激的な論考ばかりだったので、NOTE(ブログ)に引用文を多用してしま…[続きを読む]
このところ連日NOTE(ブログ)にアップしていますが、今日も「渦巻紋と輪廻転生」(藤田英夫著 雄山閣)から引用した論考を使ってNOTE(ブログ)を書きます。「縄紋人の心を探求するとき、物の外観だけで判…[続きを読む]
「キュビズム手法でデフォルムされた井寺古墳型紋様と、単純な直線と円弧が単にコンビネーションで描かれただけの紋様は厳密に区別されるべきものである。井寺古墳のようにキュビズム的手法でデフォルムされ、再構築…[続きを読む]
大陸から渡来した紋様ではなく、我が国独自に作られた紋様が直弧紋です。それは渦巻紋にX型を入れて再構築した紋様で、20世紀に興った抽象芸術運動で絵画を抽象化していく過程に似たものがあり、そうした抽象衝動…[続きを読む]
「渦巻紋と輪廻転生」(藤田英夫著 雄山閣)を読んでいます。昨日の続きを今日も掲載します。まずは文中の引用から。「オリエントでまだ土器が作られていない『先土器新石器文化時代』に、縄紋人はすでに光輝紋を土…[続きを読む]
「(井寺古墳の)彫刻を始めるにあたり、土着のデザイナーは大きな単渦紋をあしらったデッサンを施主に見せたが、それは渡来人にとって意味不明の紋様であったため、施主はこれをきらって強く修正を求めたのであろう…[続きを読む]
現在読んでいる「渦巻紋と輪廻転生」(藤田英夫著 雄山閣)の最初の方にこんな記述があります。「連続した沢山の渦巻紋で太陽を表現する理由は、インドの太陽神伝説を知れば分かる。即ち『太陽神スリャは、日中は恋…[続きを読む]
先日出かけた長野県軽井沢で、久しぶりに訪れたセゾン現代美術館で見た「魂の場所」展。この企画展にはどんな意図があるのか、収蔵作品を選んだ理由が知りたくて、売店で小冊子「魂の場所」(三浦雅士著 セゾン現代…[続きを読む]
若い頃に読んだ「見えない彫刻」(飯田善国著 小沢書店)の中で、ブランクーシの彫刻に触れて「彼が創造した鳥たちの影像は空間に永遠の静止を姿態で完結しながら、その放物線はやみがたい無限運動の彼方を示す。ま…[続きを読む]
「渦巻紋と輪廻転生」(藤田英夫著 雄山閣)を今日から読み始めました。装飾古墳に描かれた渦巻紋は、今夏から研究しようと思うテーマです。著者は機械工学を極めた人で、PCによるデータ分析によって統計づけた理…[続きを読む]
「火の神・山の神」(高見乾司著 海鳥社)に続いて、「豊饒の神・境の神」(同)を読み終えました。副題に「九州の土俗面考【2】」とあるように、本書は現場の取材から導き出した土俗面伝承の論考が中心となってい…[続きを読む]
「われわれが捨てたはずの、過疎に喘ぐ、消滅寸前の『ムラ』が、なぜ『豊か』なのか。ムラこそ、都市の豊かさでもって救われなければならない存在なのではなかったのか。都市の豊かさとは、われわれ自身が捨ててきた…[続きを読む]
先日、仕事帰りに繁華街を散策し、書店を覗きました。職場は横浜駅近くにあるので、気軽に立ち寄ることが出来るのです。今夏の読書は日本の古代文様史と決めていて、その取り掛かりとして比較的平易と思われる書籍を…[続きを読む]
今日の長崎は朝から入道雲があって好天でしたが、気温がどんどん上昇して外を歩いていられない状況でした。ホテルから荷物を背負って駅前まで来るのに汗が滴っていました。今日は広島では平和記念式典が行われます。…[続きを読む]
「豊饒の神・境の神 九州の土俗面考【2】」(高見乾司著 海鳥社)を読み始めました。昨日まで読んでいた「火の神・山の神」の続編で、本書は「火の神・山の神」に提示された課題の補充を試みたものと思われます。…[続きを読む]
「火の神・山の神 九州の土俗面考【1】」(高見乾司著 海鳥社)を読み終えました。九州の土俗面考【1】とあるので、引き続き【2】を読んでいきたいと思います。本書は、湯布院にあった空想の森美術館の館長によ…[続きを読む]