毎年夏は読書に勤しむことを自分に課していますが、今夏はあまり進んでいません。カンボジアに行ったときは読み始めて間もない哲学書を持参しました。マルティン・ハイデガー著「存在と時間」です。往復の飛行時間を…[続きを読む]
また哲学書読破に臨みます。今までニーチェやショーペンハウワーの代表作を読んできましたが、マルティン・ハイデガー著「存在と時間」を今夏から読み始めます。他界した叔父量義治はカント哲学者でした。自分はその…[続きを読む]
「表象の多面体」(多木浩二著 青土社)の中で取り上げられている4人の芸術家に纏わる印象的な文章を掲載します。「この危うくも建っている七つの塔は、たしかにその危うさのなかに視覚的な秘密の言葉をもっている…[続きを読む]
「表象の多面体」(多木浩二著 青土社)を読み始めました。「視線とテクスト」に次ぐ評論家多木浩二の著作です。本書では4人の芸術家、写真家、建築家を取り上げて、敢えて異なる世界観を持つ作品を大学で論じ、学…[続きを読む]
「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)を読み終えました。著者である評論家多木浩二は3年前に他界し、本書は遺稿集として出版されたものです。知の遺産の継承として編集され、主に建築や家具についての評論が編…[続きを読む]
都市に纏わる論考が続きますが、「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)の中に次々と自分の興味を掻き立てる箇所が出てくるのでご容赦願います。ヒトラーと言えば20世紀の独裁者として最大の禍根を残したことで…[続きを読む]
昨日のNOTE(ブログ)の続きです。現在読んでいる「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)に「原・都市」というコトバが出てきます。都市誕生の契機が述べられていて注目しました。「まだ定住地をもたない人間…[続きを読む]
自作が発掘された都市景観をイメージしていることから、とりわけ都市についての論考が気になるところです。私は西欧都市の廃墟を見て、その外観だけではなく人々が住まうコスモロジーとしての原風景にも思いを寄せて…[続きを読む]
「たとえば三万年以上も前の人間のはじめての図示表現は、リズミカルな刻みであった。またピアジェは、幼児にみる感覚運動的シエマの初期の形態も『いろいろリズム構造』であることを発見している。このふたつのリズ…[続きを読む]
昨日のNOTE(ブログ)の続きです。「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)の中に椅子に纏わる論考があり、興味深い箇所がありましたので、引用いたします。「作法と空間全体との相関性は、たとえばユカ…人間…[続きを読む]
現在読んでいる「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)に椅子に関する論考が掲載されていたので、興味を持って熟読しました。私は椅子やテーブルに学生時代から関心があり、若い頃は工業デザイナーを目指した時期…[続きを読む]
フォトエッセイストみやこうせいさんはウィーン滞在時代からの知り合いで、当時ルーマニアやギリシャによく連れて行っていただきました。みやさんが出版した写真集や随想集はほとんど持っていて、自分はみやさんの人…[続きを読む]
「視線とテクスト」(多木浩二著 青土社)を読み始めました。本書は2011年に82歳で逝去した評論家多木浩二の遺稿集です。多木浩二と言えば写真に関わる評論で有名ですが、本書では建築やデザインに関する評論…[続きを読む]
「余白の芸術」(李禹煥著 みすず書房)を読み終えました。「もの派」の先鋒的芸術家である李禹煥の造形的な思索から、現代美術全般にわたる評論に至るまで、時に濃密な論考だったり、また散文だったりする文章を一…[続きを読む]
「床面は設定空間であり、地面は現実空間である。因みに都市は床面からの発想であり、村落は地面からの発想である。~略~現代彫刻は、壁のあるなしにかかわらず、床面の彫刻であって地面のそれではない。作品を床面…[続きを読む]
「加工しないままの一個の石を自然から借用し、展示場に運ぶことから始める。(これは、東洋人の庭の石とか、擬人化した石のオブジェとは全然コンテクストの違うものであり、無関係である。)石を鉄板とか空間と関わ…[続きを読む]
学生時代に亡父の手伝いをしていました。亡父は造園業を営んでいて、数多くの庭石を仕入れて畑に置いてありました。その昔は丹沢の河川敷や真鶴へ石を探しに行ったこともありました。アルバイトとしてみれば稼ぎのい…[続きを読む]
「余白の芸術」(李禹煥著 みすず書房)を読み始めました。かなり前に購入してあった書籍ですが、今回初めて読みます。実は「枯山水」(重森三鈴著 中央公論新社)を読み終えた時に、日本庭園の象徴性とも言うべき…[続きを読む]
「鞄に入れた本の話」(酒井忠康著 みすず書房)を読み終えました。最近3冊(「言語都市ベルリン」「変身」「鞄に入れた本の話」)を持ち歩いていたので、やっと鞄が軽くなりました。本書は世田谷美術館館長であり…[続きを読む]
「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)を読み終えました。「1861ー1945」という副題が示す通り、本書は19世紀から20世紀の第二次世界大戦が終わる…[続きを読む]
「変身」(カフカ著 高橋義孝訳 新潮社)を読み終えました。2泊3日の出張に携帯した文庫本ですが、往復新幹線の車中で読み終えることが出来ました。中学生の時に初めて手に取った文庫本でしたが、主人公が遭遇し…[続きを読む]
明日から関西に2泊3日の出張があって、新幹線やホテルで読書をするための文庫本を携帯しようと思っています。「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)や「鞄に…[続きを読む]
自分は常に読みかけの書物を携帯しています。公務員になってから通勤の車中に読書時間が限られていますが、それでも永年勤続の間に読書を通じて、さまざまな世界に接することが出来ています。その契機となった時のこ…[続きを読む]
森鴎外、寺田寅彦、山田耕筰、小山内薫、村山知義、千田是也、和辻哲郎、山口青邨の8人が書籍や展覧会、音楽会等を通して自分が名前を記憶しているベルリン留学に纏わる人々です。「言語都市・ベルリン」(和田博文…[続きを読む]
「鞄に入れた本の話」(酒井忠康著 みすず書房)を掻い摘んで読んでいます。現在、通勤の友として読んでいるのは「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)で、3…[続きを読む]
「言語都市・ベルリン」(和田博文・真銅正宏・西村将洋・宮内淳子・和田佳子共著 藤原書店)を読み始めました。副題に1861ー1945とあるので、本書は第二次世界大戦を終えるまでのドイツ帝国の首都ベルリン…[続きを読む]
「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房)を読み終えました。読み終えた時には心が震撼して何とも言えない感慨に包まれました。本書は万にひとつの奇跡で生き残ったユダヤ人精神医学…[続きを読む]
「収容所に入れられ、なにかをして自己実現する道を断たれるという、思いつくかぎりでもっとも悲惨な状況、できるのはただこの耐えがたい苦痛に耐えることしかない状況にあっても、人は内に秘めた愛する人のまなざし…[続きを読む]
著述家笠原実先生の講演会が横浜港北区にある大倉山記念館でありました。笠原先生は自分の恩師にあたる人で、毎年銀座の個展に来ていただいて、美術評論もしてくださっています。かなりのご高齢ですが、凛とした姿勢…[続きを読む]
「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房)を読み始めました。タイトルに新版としたのは、本書には旧版があるためです。霜山徳爾訳の旧版はあまりにも有名なので私も知っていましたが…[続きを読む]
「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)下巻を読み終えました。本書は上巻・下巻に分かれ、4部構成からなる大著です。ニーチェ晩年の思想が述べられていますが、ニーチェの生涯で精神を病…[続きを読む]