三連休2日目。今日はボランティアの助っ人が来ないので、工房には自分ひとりです。朝6時半に工房に行って、昨日のうちに原形モデルが出来ている陶彫土台の石膏取りを行いました。9時に自宅から電話があって朝食に…[続きを読む]
瀧口修造著「幻想画家論」に出てくる芸術家は、幻想的な作風を確立した人ばかりなので、その生きざまも常軌を逸しているようです。昨日ブログに書いたピエロ・ディ・コジモは「かれは人間よりも動物に近い生活をして…[続きを読む]
ピエロ・ディ・コジモ。実は最近知りえた画家です。学生時代ばかりではなく、滞欧時代を通してもピエロ・ディ・コジモについて意識したことはありませんでした。ウィーンで暮らしていた頃に、フィレンツェを訪れてい…[続きを読む]
ボッス、グリューネウァルト、ピエロ・ディ・コジモ、ラ・トゥール、ルドン、ゴーギャン、アンソール、ムンク、スーティン、クレー、エルンスト、デュシャン…「瀧口修造全集1」に収められている幻想画家論で取り上…[続きを読む]
先日読んだ「老人力」(筑摩書房)から一転して「瀧口修造全集1」(みすず書房)を紐解きました。軽妙洒脱な「老人力」と、幾重にも重なった深い洞察に裏づけされた瀧口修造の論文集。あまりにも違う世界を描いても…[続きを読む]
「老人力ときて、あとがきとなると、何だかもう遺書みたいだけど、そうではない。ふつうにあとがきである。」書店で立ち読みをして、まず目についたのは本書のあとがきでした。思わず吹き出して、即購入。「〜力」と…[続きを読む]
一昨日、都立美術館、都現代美術館を見て歩き、最後に池袋に行きました。美術館のハシゴも3館までが限界だなぁと思うようになりました。学生の頃はさらに画廊を10軒ほど走るように回り、家に帰るか倒れるかという…[続きを読む]
先日出かけた「海のエジプト展」に続き、今回は陸のエジプト発掘品で構成された「トリノ・エジプト展」を見てきました。海の場合と異なり、石碑の彩色や木製の棺等がしっかり残っていて、細部まで鑑賞できました。自…[続きを読む]
週末になると工房に入り、制作に没頭したいところですが、他の用事もあって、午前中2時間、午後2時間の途切れ途切れの制作になりました。自宅の近くに倉庫(工房)を建てたのが便利である一方、作業をほったらかし…[続きを読む]
亡父の残してくれた畑の一部に倉庫を建てたのは7月でしたが、いろいろ整備をして、やっと作業ができる空間を作りました。倉庫に収納する荷物はまだまだありますが、今日そこで木彫の第一歩を踏み出しました。前に使…[続きを読む]
彫刻家流政之を知ったのは高校生の時でした。書店で立ち読みした美術手帳に彫刻写真が掲載されていて、若かった自分はカッコいいなぁと思ったように記憶しています。美大の彫刻科に入って彫刻を本格的にやり始めた頃…[続きを読む]
岡本太郎著による本はシリーズ化したもので5冊あります。いずれもみすず書房から出版されています。自分の若い頃は、この芸術家のアヴァンギャルドな理論や行動が羨ましく思えて、また著作に影響されてきました。彼…[続きを読む]
9月になりました。先月は新築された倉庫に陶芸窯が入りました。職場で5日間の夏季休暇をいただき、新潟県のアート・トリエンナーレや群馬県の博物館、静岡県の美術館、そして長野県の池田宗弘先生宅に行ってきまし…[続きを読む]
表題は岡本太郎著「日本の伝統」の中に収められている縄文土器を扱った章です。今夏新潟県の十日町市博物館に行き、国宝「火焔型土器」を見て、自分もかつて岡本太郎の文章に啓発されて、縄文土器の美しさに気づいた…[続きを読む]
A・ブルトン「魔術的芸術」の最終章に辿り着きました。今夏ずっと本書を読んでいたわけではなく、いろいろ浮気もしましたが、これはなかなか手強い書物であったという印象は拭えません。最終章は「ふたたび見出され…[続きを読む]
表題の展覧会は、静岡県立美術館で開催されているもので、知人からチケットをいただいたので行ってきました。クレーはたびたびブログに書いている画家で、この巨匠に関する興味はずっと尽きません。自分は20代前半…[続きを読む]
A・ブルトンの「魔術的芸術」を今夏じっくり読んでいます。表題の「遠まわりの魔術」というのは本書の中で中世の芸術活動を扱った章です。ビザンティンの宗教的厳格さからの解放によって、悪魔のテーマを画家たちが…[続きを読む]
A・ブルトン著による「魔術的芸術」の中で、エジプト、メソポタミアを古代諸文化として取り上げています。思惟作用の目覚めとして、ナイルの谷から外に眼を向けなかったエジプト文明と、外の砂漠地帯に挑んでいった…[続きを読む]
A・ブルトン著による「魔術的芸術」は、通念としての美術史の新たな解釈として、今興味を持って読み込んでいるところです。本書は概論の後、時代別に論じられているものの有史以前の芸術のところでゴーガンやカンデ…[続きを読む]
シュルレアリスムの思想家アンドレ・ブルトンの「魔術的芸術」は、当時限定出版された豪華本で、なかなか手に入りにくい書物だったようです。全訳されたものが2002年に日本で出版されたので購入しました。本書は…[続きを読む]
毎年夏になると何か課題を決めて勉強することにしています。義務教育で頭にすり込まれた夏休みの自由課題が今も続いている感じです。今まで「ジャコメッティ」や「ヘンリー・ムア」といった学生時代から親しんでいた…[続きを読む]
先日ブログに書店で手にとって捲った文章が忘れられなくなったと書きました。まさに谷川俊太郎著「トロムソコラージュ」がそれなのです。それは立ち読みから始まって、一旦書架に本を返した後、再び手に取り、結局購…[続きを読む]
表題は巖谷國士著による「封印された星」(平凡社)です。瀧口修造を中心に据えたエッセイで、瀧口修造と交流があった芸術家やその思想を受け継ぐ芸術家を論じたもので、自分の中では、ちょっと瀧口修造ブームがあっ…[続きを読む]
10数年も前に会津で見た不思議なお堂が忘れられずにいたところ、愛読書「奇想遺産」に会津さざえ堂のことが掲載されていて、あっこれだ、と思わず心で叫んでしまいました。「行き帰り別々の二重のらせんスロープを…[続きを読む]
21世紀の現在から言えば、20世紀末も19世紀末も同じ世紀末となります。表題は19世紀末を指しています。ひと昔もふた昔も前のことですが、この時代が情緒として生きている街がウィーンなのです。ウィーンは1…[続きを読む]
日記として書いているブログなら、今日はこれを取り上げないわけにはいきません。このところ実父に次いで義母が他界したので、法事が続いています。今日の三回忌でようやく一休みといったところでしょうか。義母は奄…[続きを読む]
いつぞやのブログに書いた記憶のあるオットー・ヴァーグナー設計による郵便局です。ひょっとして同じ表題を使っているかもしれません。新潮社「奇想遺産」に掲載されていたので、また滞欧時代を思い出しました。「ウ…[続きを読む]
1980年から5年間住んでいたオーストリアの首都ウィーンでは、頻繁に地下鉄を利用していました。あの頃出来たばかりの地下鉄はとても奇麗でモダンでした。郊外のハイリゲンシュタットまで出かけた折、当時共産主…[続きを読む]
新車の購入を決めたのは3ヶ月も前のことです。「お客様の注文を受けて車体をハンドメイドでやりますので、お待ちいただくことがあります。」と東京世田谷にあるディーラーは言っていました。しかも工場は富山県にし…[続きを読む]
梅雨の季節です。湿気の多い不快な時期ですが、陶の成形にとってはいい季節なのです。湿気が多いということは、成形してもひび割れが少なく、成形後もゆっくり乾燥するので、とてもいい状態を保てます。陶芸にはいい…[続きを読む]
自宅近くの山林が開発されて介護住宅が建設されることになっています。山を削り取った崖にはコンクリートのブロックが積まれています。景色がみるみる変わっていくのを通勤途中に見ています。むき出しの崖の斜面は関…[続きを読む]