通勤中に読んでいる「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」(篠田知和基著 八坂書房)の第二部「蛇の絡まる木」のまとめを行います。ヨーロッパで紋章に多く見られる蛇の図像には、どんな由来があるのか、本書から紐解い…[続きを読む]
7月になりました。毎年7月になるとNOTE(ブログ)に個展を開催すると書いていますが、今年も同じことを書きます。いや、こうしたことが書ける幸福を感じていると言った方が気持ちにフィットするように思えます…[続きを読む]
週末ですが、今日が6月の最終日になります。朝から梱包をやっていましたが、板材が僅かに足りなくなることが分かり、午前中に大手の大工センターに行き、べニア板のカットを注文してきました。ついでに梱包材も購入…[続きを読む]
職場の私の部屋に置いてある書籍を長い期間にわたって、折に触れて読んでいます。通勤に携帯している書籍とは違い、やや難解なものです。「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二…[続きを読む]
通勤中に読んでいる「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」(篠田知和基著 八坂書房)の第一部「形の文化史」のまとめを行います。冒頭に「スクリュー、プロペラに至る渦巻きがヨーロッパの機械文明の基本で、そこからヨ…[続きを読む]
職場が変わっても私たちの職種は1年間に1回は2泊3日の出張があります。今の職場でも前職場と同じような時期に関西方面への出張がありました。ただし、職場によって滞在する県が違い、今の職場は滋賀県に連泊する…[続きを読む]
今月1日から令和元年がスタートしました。アメリカのトランプ大統領が令和初の国賓として天皇陛下を訪ねて来られました。私は新しい職場に徐々に慣れてきましたが、外会議が多くて落ち着かない日々を送っています。…[続きを読む]
先日まで読んでいた「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の後は、真逆に位置する西欧の文化史に触れたくなって、「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」(篠田知和基著 八坂書房)を読み始めました。私は1980年から5…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)を読み終えました。著者松岡正剛氏はネット上の「千夜千冊」で知りました。「千夜千冊」は、所謂書籍のナビゲーションのことで、これを眺めていると氏の幅広い教養だけでなく、内…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第七章は「日本は歌う 間と型から流れてくる」について取り上げています。本書「日本流」はこれが最後の章になります。著者が最後に取り上げたのが「間」と「型」です。私たち…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第六章は「日本と遊ぶ わざ・さび・あはせ」について取り上げています。冒頭に永井荷風の遊び癖が登場します。「荷風には、名状しがたい『遊び心』というものがあります。私は…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第五章は「日本に祭る おもかげの国・うつろいの国」について取上げています。古田織部と山片蟠桃の生い立ちやその業績から始まる随想の中で、自分はとりわけ古田織部の縄文的…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第四章は「日本へ移す 見立てとアナロジー」について述べられています。日本は「見立て」の文化と言われますが、そもそも「見立て」とは何でしょうか。著者がさまざまな例題を…[続きを読む]
昨日のNOTE(ブログ)に続き、今回も映画の話題です。大型連休中に観た映画で、常連の横浜のミニシアターにおいて連日チケットが完売していた映画がありました。私も最初に行った日は観られず、翌日に漸く観るこ…[続きを読む]
連休4日目ですが、今日が4月最終日となり、また天皇の退位により平成時代の幕引きとなる一日でした。私は昭和の時代に生まれて学生時代を過ごしました。大学で彫刻という表現に出合い、創作の世界を求めて海外で5…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第三章は「日本で装う 仕組と趣向がはずむ」という副題がついていて、前章より引き続いて職人に関する日本独自の視点が述べられています。著者は京都の呉服屋に生まれたそうで…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第二章は「日本も動く 職人とネットワーカー」について述べられています。日本の職人が持つ「キワ」(際)とか「ハシ」(端)の考察です。私の祖父は宮大工、父は造園業を営ん…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)は、読み易いうえに視点がユニークなので、通勤途中やちょっとした休憩時間に、つい頁を捲って読んでしまいます。第一章は「日本を語る 多様で一途な国」について述べられていま…[続きを読む]
先日から「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)を読み始めています。序章は「日本が思う 歌を忘れたカナリア」という題名がついていて、冒頭に「日本で最初に唄われた童謡は『かなりや』です。大正七年(1918)に…[続きを読む]
前の職場から現在の職場に持ってきて、休憩中に読んでいる書籍があります。これを鞄に携帯していないのは、フランスの現象学者による至極難解な絵画論であるため、じっくり落ち着いて読んだ方がよいと思っているから…[続きを読む]
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)を読み始めました。著者の松岡正剛氏はネットにある「千夜千冊」でその名を知り、その読書歴の凄さと書籍に対する視点と解釈に魅せられてきました。私自身が難解な書籍に挑んでい…[続きを読む]
「ある日の彫刻家」(酒井忠康著 未知谷刊)を読み終えました。現代彫刻に関する論考は、私にとって刺激であり、同時に癒しでもあります。本書に取上げられている彫刻家の中には、私が直接影響を受けた作家もいて、…[続きを読む]
今日は3月の最終日であり、平成30年度の年度末でもあります。明日新しい元号が発表されるとあって、今日は何か特別な日のような印象を受けます。私は通常の週末を過ごしていました。工房には昨日に引き続き、中国…[続きを読む]
私は彫刻に関わるようになったのは大学の1年生からで、それまで工業デザインを専攻するつもりだった私が、極端な方向転換をして初めて彫刻に出会ったのでした。本格的な立体表現を知らなかった私は結構混乱して、そ…[続きを読む]
現在、通勤時間に読んでいる「ある日の彫刻家」(酒井忠康著 未知谷刊)に、風変わりな章がありました。私が尊敬する彫刻家で既に逝去された若林奮に関する論考ですが、「素描に埋めつくされた日記」という題名がつ…[続きを読む]
「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)は、実際のカンディンスキーの作品を思い浮かべながら読むと、理解が容易になります。本書は現象学的な視点で書かれ…[続きを読む]
2月は28日間しかない短い1ヵ月で、今日が最終日です。2月の後半は朝夕寒さが緩んで凌ぎやすくなりました。毎朝の起床や出勤が気温上昇に伴って楽になり、その分私は花粉症に悩まされています。朝起きると鼻がむ…[続きを読む]
先日、東京の4つの美術展を巡った時、私が一番身近に感じた展覧会は、東京都美術館で開催中の「奇想の系譜展」でした。嘗て読んだ美術史家辻惟雄氏による著作「奇想の系譜」は、日本美術史に斬新な視点を与え、それ…[続きを読む]
現在、通勤時間に読んでいる「ある日の彫刻家」(酒井忠康著 未知谷刊)に、彫刻家保田龍門・春彦による父子の往復書簡の章が出てきて、嘗て羨望の眼差しで読んだ「往復書簡」を思い出しました。私は武蔵野美術大学…[続きを読む]
やっと週末を迎えました。年度末が近づきウィークディの仕事が少しずつ多忙になってくると、週末が楽しみでなりません。今月に入って美術展に行っていないので、今日は行きたい展覧会をチェックして、丸一日かけて東…[続きを読む]
「ある日の彫刻家」(酒井忠康著 未知谷刊)を読み始めました。本書は副題に「それぞれの時」とあって、美術評論家酒井忠康氏がそれぞれの時代や場面で関わられた造形作家に対し、その思いを綴られた随筆集になって…[続きを読む]