私が家内とスペインのバルセロナを訪れたのは1981年だったと記憶しています。当時ウィーン国立美術アカデミーに籍があった私たちは、その夏にユーレイルパスを使って南欧に旅立ったのでした。目指したのはポルト…[続きを読む]
先日、東京の世田谷美術館で開催中の「フリオ・ゴンザレス展」に行ってきました。スペインの彫刻家フリオ・ゴンザレスは、自分の中では未知の作家でした。飄々とした鉄の構成的な彫刻をポスターで見て、これを実際に…[続きを読む]
今日を日記風に綴るなら、朝7時に工房に行き、昨日から始めた2点目の新作の全体構成を厚板に下書きしました。まず第一歩として絵画的なアプローチをすることにしました。2時間やったところで自宅に戻りました。朝…[続きを読む]
女流造形作家ニキ・ド・サンファルの作品を知ったのはいつだったのか、きっと自分が彫刻を学び始めた20代初めの頃だったろうと思います。現代美術の奔流の中で、鉄で動く彫刻を作っていたジャン・ティンゲリーのパ…[続きを読む]
私が所属している研究会で、アート作品が都市計画の中に進出していく状況を、自分の挨拶の中で述べることにしました。私が幼い頃は、大人に美術館に連れて行ってもらって、抽象作品に触れていました。それだけでも子…[続きを読む]
東京国立新美術館で久しぶりに見たマグリットの世界、現在読んでいるフロイトの「夢解釈」、どうしても今月はシュルレアリスムに導かれている1ヶ月と言えそうです。このNOTE(ブログ)に幾度も登場したシュルレ…[続きを読む]
20世紀を代表するシュルレアリスムの巨匠ルネ・マグリットは、自分にとって馴染みのある芸術家です。十数年前の日本での大がかりな展覧会も見た記憶があります。今回は混雑を避けて金曜日の夜の時間帯に家内と六本…[続きを読む]
表題にある「非ー自我としての無意識」というのは、近代的な自我や内面の成立のことを言います。現在読んでいる「風景の無意識 C・Dフリードリッヒ論」(小林敏明著 作品社)はフリードリッヒに代表されるロマン…[続きを読む]
東京都庭園美術館はアール・デコ建築による独特な雰囲気を持つ美術館ですが、同館で開催している「マスク展」は如何なものだろうと思って、先日同館に出かけました。自分は昔から仮面が大好きで、その民族が有する原…[続きを読む]
今月の初旬に関西に出張で行ってきました。京都にある京都国立近代美術館で開催していた「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展」は現代の生活と美術の関わりを改めて考える機会になりました。現代美術とい…[続きを読む]
今日は全国自治体の管理職が集まって会議を行いました。職種はここでは言えませんが、北は北海道から南は沖縄までの管理職が東京代々木のオリンピック記念センターに集まりました。自分も今日は職場ではなく、直接東…[続きを読む]
昨日から出張で関西に来ています。今日は京都にいました。毎年京都には来ているので観光地巡りではなく、仕事の合間には博物館や美術館を見るようにしています。社寺や庭園は京都全市に点在しているので、なかなか見…[続きを読む]
ピカソが縞のシャツを着て大きな猫を抱いている写真が表紙の「アーティストが愛した猫」(アリソン・ナスタシ著 関根光宏訳 エクスナレッジ)を毎日眺めています。古今東西の芸術家は猫派か犬派か、どちらが多いの…[続きを読む]
旧朝香宮邸はアール・デコ建築の傑作とされています。その邸宅を使って東京都庭園美術館がオープンし、最近リニューアルされたので企画展と合わせて見てきました。仏人装飾美術家アンリ・ラパンが設計を手がけた室内…[続きを読む]
「千利休 無言の前衛」(赤瀬川原平著 岩波新書)を読み終えました。これは千利休の審美眼を当時の前衛として、現代と絡み合わせて述べている文化横断的で楽しさ溢れるエッセイでした。利休の創り出した侘び・寂び…[続きを読む]
先日、日本やインドの仏像展に出かけて、先週はその感想をまとめていましたが、今日は一転してバタ臭い展覧会に足を運びました。と言っても制作を休むわけにはいかず、朝6時から7時半までの1時間半を陶彫の彫り込…[続きを読む]
相原工房には中国籍の若いアーティストが出入りしています。彼女は美大の大学院生ですが、この春からその美大に就職することが決まり、引き続き通い慣れた大学に勤務することになります。彼女はグラフィックデザイン…[続きを読む]
重厚なロシア文学を読んだ後は、軽妙洒脱なものが読みたくなって「千利休 無言の前衛」(赤瀬川原平著 岩波新書)を手に取りましたが、果たして軽快な評論かどうかは読んでみないとわかりません。ただ、赤瀬川原平…[続きを読む]
モデルが雇えない時代にその代替として自画像を描いている画家がいて、そんな時代の優れた自画像が数多く残されています。そうでなくても自分を見つめることは表現者にとって必要なことで、そんな理由から自画像を描…[続きを読む]
週末は制作工程に追われていて美術館に行けないことがあります。それでも見たい展覧会がある時は、金曜の夜間延長時間帯に行くようにしています。先週金曜日に勤務時間が終わった後で東京竹橋まで出かけ、国立近代美…[続きを読む]
キュビズムやシュルレアリスムを初めとする新しい価値観を持つ造形作品を経験している現代なら、ジョルジョ・デ・キリコの作品はごくありふれた作品に見えますが、当時では大変な変革をもたらす絵画であったことでし…[続きを読む]
回顧展のはずが遺作展になった「赤瀬川原平の芸術原論展」ですが、展覧会の主旨がどうであれ自分は千葉市立美術館まで見に行く予定を立てていました。テレビで見た赤瀬川原平氏は飄々として屈託がなく自然体で物事を…[続きを読む]
「父が消えた」(尾辻克彦著 河出書房新社)を購入したのは、千葉市立美術館のギャラリーショップでした。「赤瀬川原平の芸術原論展」を開催していて、それを見たときに、前衛芸術家赤瀬川原平氏が尾辻克彦という別…[続きを読む]
表題にしたコトバは今日出かけた3つの展覧会によるものです。鑑賞のために東京に出かけましたが、週末の今日は制作をしないわけにいかず、朝7時から工房で1時間程度の彫り込み加飾をやりました。それから家内と自…[続きを読む]
東京六本木の国立新美術館で「チューリヒ美術館展」が開催されています。展示内容に自分は興味関心を寄せていて、多少無理をしても行きたいと考えていました。最近の美術館は金曜日は遅くまで開館していて、仕事帰り…[続きを読む]
最近のニュースで29歳の米国人女性が、末期がんで余命半年とされ、医師が処方した薬を飲んで安楽死をしたことを知りました。彼女はネットで予告をして今月1日に命を絶ったようです。不治の病で苦しむとどんな精神…[続きを読む]
先日見に行った「ヨーゼフ・ボイス展」が契機になり、改めてボイスの世界観を考えてみたいと思います。ボイスに関することは過去何回かNOTE(ブログ)にアップしていますので、今回は再考とさせていただきました…[続きを読む]
横須賀にあるカスヤの森現代美術館で「ヨーゼフ・ボイス展」が開催されていました。ボイスの作品は見てすぐ分かるものではありません。展示されていたモノは、自己表現するにあたってボイスが発想し、制作またはパフ…[続きを読む]
職場に置いてあった各新聞が伝えていた「赤瀬川原平さん死去」というニュースに残念な思いを隠せません。たしか赤瀬川さんは自分の母校の先輩にあたる人です。東京町田市にあるご自宅の「ニラハウス」は近所に親戚が…[続きを読む]
今日は朝のうちに陶彫の成形や彫り込み加飾を行い、午後2時に工房を出て、車で一路横須賀に向かいました。現代美術の巨匠ヨーゼフ・ボイスの展覧会が明日までと知って、急遽カスヤの森現代美術館へと行ったのでした…[続きを読む]
先日、渋谷のミニシアターへ行った折、Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「だまし絵 Ⅱ」展を見てきました。だまし絵と言えば思い出すのが、20代の頃の話ですが、滞欧中に見たG・アルチンボル…[続きを読む]