「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)を読み始めました。副題に「ドイツ語圏に生きた芸術家たち」とあって、まさに私が若い頃から注目していた芸術家ばかりが掲載されている書籍です。本書では23名の芸術家を取り上…[続きを読む]
2018年になりました。新春のお慶びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。昨年も書きましたが、早朝、刻んだ餅と油揚げを半紙の上にひとつまみ置き、小さな稲荷の祠に供物として捧げることから、我が…[続きを読む]
2017年の大晦日を迎えました。毎年恒例になっている総括を行います。まず彫刻では7月に12回目の個展をギャラリーせいほうで開催させていただきました。大きな作品では「発掘~宙景~」と「発掘~座景~」を出…[続きを読む]
現在、通勤中に読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)と、職場に持ち込んで休憩中に読んでいる「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)は、19…[続きを読む]
「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)を読み始めました。「19世紀末ー20世紀初頭、芸術家たちの『生』」という副題がついています。本書で取り上げられているのはムンク、ロダン、キルヒナー、シャイアー、ブ…[続きを読む]
「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)を読み終えました。著者である故赤瀬川原平は、尾辻克彦という名前で芥川賞を受賞したり、話題となった随筆を出して、文才に長けた造形作家であることは疑…[続きを読む]
今日は制作に関してはとりわけ新しいこともなく、大きなタタラを数点作って、陶彫成形を1点作り上げたくらいでした。彫り込み加飾は後日にして、夕方早めに作業を切り上げました。冬の寒さが到来し、風の強い一日に…[続きを読む]
今日は大袈裟な表題をつけましたが、現在読んでいる「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)の「Ⅱ」に登場するもので、当時若かった故赤瀬川原平が、芸術家から見た社会情勢を先鋒鋭く説いた文章…[続きを読む]
先日、平塚市美術館で開催している「神山明・濱田樹里展」を見てきました。前のNOTE(ブログ)に書きましたが、既に逝去された彫刻家神山明の杉材を使った作品に、私は言いしれぬ思い入れを抱いています。木材が…[続きを読む]
三連休の中日です。今日は朝から東京の美術館巡りを行いました。一昨日NOTE(ブログ)に美術鑑賞に対する思いを書きましたが、今日はその実践日でした。巡った展覧会は4つで、いずれも表現が異なる先人達の精神…[続きを読む]
遅読というより、もう滞読と言ってもいいくらいの読書習慣になってしまった私ですが、「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)を読んでいて、漸く著者が本書の主題にしていた「千円札裁判」の意見…[続きを読む]
私は芸術家が苦悶するドラマが大好きで、史実を踏まえたフィクションであっても、その気分に浸ってしまう傾向があります。そんな意味でフランス映画「セザンヌと過ごした時間」は必ず観に行こうと決めていた映画でし…[続きを読む]
10月の三連休になりました。昨日の「運慶展」もそうですが、秋は見たい展覧会や映画があって、時間をやり繰りしながら、陶彫制作と折り合いをつけていこうと思っています。鑑賞との兼ね合いを考えると、今月の制作…[続きを読む]
横浜そごう美術館で「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」が開催されています。デパートの美術館は店の閉店時間に合わせているので、遅くまでやっていて、勤務時間が終わった後でも立ち寄ることが可能です。国公立美術館に…[続きを読む]
本書「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)は、1970年に現代思潮社より刊行された書籍で、2015年になって河出書房新社から再刊されたものです。私は今年の6月に出張で京都に行った折に…[続きを読む]
先日、東京六本木の国立新美術館で開催されている「ジャコメッティ展」に行ってきて、その様子をNOTE(ブログ)に書きましたが、彫刻家・画家ジャコメッティの作品を観ると、私には語り尽くせないような思いが込…[続きを読む]
今朝、職場に届いていた朝日新聞を捲っていたら、表題の小欄が目に留まりました。生物学者福岡伸一氏が書いたもので、「伊勢神宮と法隆寺、どちらが生命的だろうか?」という唐突な冒頭の文に誘われて、つい読んでし…[続きを読む]
「聖別の芸術」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)をずいぶん長いこと鞄に入れて持ち歩いていました。やっと読み終えました。「聖別」という西欧の観念をキーワードに現代美術を論じた本書は、自分にとって興味関心が…[続きを読む]
先日、DIC川村記念美術館で開催されていた「ヴォルス展」に行き、ヴォルスが生きた時代に興った美術の潮流に思いを馳せる機会を持ちました。それはアンフォルメルという一連の動きで、仏語で非定型な芸術という意…[続きを読む]
今日は梅雨らしい鬱々とした天気でした。午前中は昨日から続いている作品の梱包作業をやっていました。今日は若いスタッフが2人朝から来ていて、それぞれ制作に励んでいましたが、10時半頃スタッフ2人と家内を連…[続きを読む]
現在読んでいる「聖別の芸術」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)の冒頭部分に米澤有恒氏による「聖別の哲学」の記載がありました。これは「聖別とは何か」を哲学的見地から論じたもので、具体例としてキリスト教を絡…[続きを読む]
かなり長く鞄に携帯していた「芸術の摂理」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)ですが、漸く読み終えることができました。副題にあった「不可視の『形』に迫る作家たち」という言葉の意味と、作家論に取り上げられてい…[続きを読む]
陶の造形作家荒木高子は2004年に82歳で逝去しています。独特な雰囲気を持つ陶の造形を、私はどこかの展覧会で観たことがあり、忘れられない印象があります。生前の作家にお会いしたことがなく、評論家の文章で…[続きを読む]
現在、東京六本木の国立新美術館で開催中の「ミュシャ展」は、必ず見に行こうを決めていました。先日、週末で混雑している同展に行ってきました。目的は「スラブ叙事詩」を観ることでしたが、アルフォンス・ミュシャ…[続きを読む]
やっと待ちに待った週末になりました。今日は予定がいっぱい詰まっていました。明日の陶彫成形に備えて、早朝から工房に出かけ、タタラを4枚用意してきました。タタラは厚さ1cm、大きさは座布団大になるように掌…[続きを読む]
陶彫部品を組み合わせて集合彫刻を作っている自分には、陶彫部品を点在させて場の空間を創出するイメージがつき纏います。集合があるなら拡散があってもいいのではないかと思うところです。次作のイメージは拡散によ…[続きを読む]
先月のRECORDは「こわす」というテーマでやっていました。破壊から創造という20世紀の巨匠ピカソの創造行為が有名ですが、芸術家に相応しいコトバでもあります。それに倣うなら「こわす」の後にくるのは「つ…[続きを読む]
三連休の初日です。今日から家内と1泊2日で香川県高松へアートに触れる旅行に出かけることになりました。羽田空港発9時25分、ほぼ1時間程度で高松空港に到着しました。リムジンバスに乗ること40分、高松市の…[続きを読む]
芸術家として破壊と創造を繰り返したのは、有名な人物として20世紀の巨匠パブロ・ピカソが上げられます。ピカソの創作の現場を追ったドキュメンタリー映画を観たことがあり、そこで画面に展開する破壊のエネルギー…[続きを読む]
現在読んでいる「芸術の摂理」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)には、「美学と倫理学」という章があって、西欧思想による芸術の成り立ちを解説した箇所があります。美学史的論稿という副題がつけられている米澤有恒…[続きを読む]
映画「エゴン・シーレ 死と乙女」では、シーレが描いたデッサンがポルノグラフィーとして烙印を押され、13歳の少女を誘惑したとして、シーレは逮捕され、裁判にかけられます。裁判所は訴えを却下しましたが、作品…[続きを読む]