八木一夫のオブジェ焼に関する書物を読むと、そこにちょいちょい辻晋堂という名が出てきます。彫刻家辻晋堂は亡くなられて随分経ちますが、ギャラリーせいほうで個展をやっていた作家でした。自分は学生時代に個展に…[続きを読む]
表題は樋田豊郎・稲賀繁美編集による故陶芸家八木一夫に関する本です。八木一夫が中心になって活動した「走泥社」や当時オブジェ焼と呼ばれた機能を持たない陶磁器の作品を自分なりに理解してみようと思って、京都に…[続きを読む]
3年ほど前に日本美術家連盟に加入しました。恩師池田宗弘先生の推挙によるもので、会員番号は9673です。もちろん彫刻部に所属しています。連盟は度々会報を送ってくれます。今回は会員証が新しくなりました。ユ…[続きを読む]
ビジョン企画が出版している新報に今年の夏にやっていた展覧会の評論が掲載されていました。フェルメール展を初めとする特別企画展から東京各地の個展までの寸評があって、自分の個展は彫刻部門の中ごろにありました…[続きを読む]
三連休に課した目標は何とかクリアすることができ、次なる目標が見えてきました。今まで彫った杉の柱は62本、長い柱で2メートル、短い柱で90センチとなっています。これからは雛型を確認しながら、あとどのくら…[続きを読む]
暑い一日でした。汗が梱包材の上に滴り落ちていました。創作活動ではなく搬入・搬出のため、または保存のために必要な作業ですが、面倒でないと言えば嘘になります。エアキャップで作品を包むという単純作業です。し…[続きを読む]
個展に出品する「発掘〜遺構〜」のテーブルを支える柱48本。何とか補強も終わり、明日から梱包作業に入れることになりました。この48本の作品にもサインが必要と考えて、和紙に落款を押し、番号をつけて貼る方法…[続きを読む]
910ミリで揃えたはずが、48本の中には微妙に高さが違う柱があって、テーブルの厚板を支えるのに不都合が生じています。これを電動工具や鋸を使って何とか揃えています。ミリ単位で一番短い柱に合わせるため、な…[続きを読む]
今週末はひたすら杉の柱の炙り作業に徹しました。作業場の外は煤だらけになり、木材の焦げた臭いが周囲に漂っていました。終日作業しても48本は終わらず、また来週末も炙り作業になりそうです。かつて「発掘〜円墳…[続きを読む]
ジャコメッテイの彫刻は、ムアからやや遅れて、図版によってその存在を知りました。細く削ぎ落とされた人体。大きめの台座から陽炎のように立ち、人の存在自体が無くなってしまいそうな表現。当時ムアばりの豊かな量…[続きを読む]
週末になると朝から夕方まで制作三昧ですが、新作の完成予定を考えると焦ります。今日は34本の柱がようやく彫り上がりました。ただ彫り跡を整える必要があるので、よく研いだ鑿で最終的な仕上げをしなければなりま…[続きを読む]
ヨーロッパで5年間生活して日本に戻ってきた時、日本も変わったなと思ったのは、新しく作られた街には広場があり、街路樹が植えられていたことでした。ショッピングモールにもベンチがあり、オブジェが設置してあり…[続きを読む]
手許にE・W・コンフェールド著「エルンスト・ルードヴィッヒ・キルヒナー」という分厚い画集があります。DAVOSというところから出版されています。滞欧中にキルヒナーの風景を刻んだ木版画を見て感銘を受けた…[続きを読む]
自分がまだ大学の彫刻科に籍を置いていた頃、デザイン科共通彫塑研究室に若林奮先生がいました。直接教わることはなかったのですが、個展等があれば足を運び、また文章が記載されていれば必ず目を通していました。作…[続きを読む]
歌謡曲は、歌は世につれ世は歌につれながら次第に古さを纏っていくものですが、時代を反映しながらも、なお新鮮な表現を保つコトバがあります。自分が学生時代に歌謡曲(フォークソングかな)を聴きながら集めた詩集…[続きを読む]
気象庁が梅雨と発表してもまとまった雨が降らない日が続いています。昨日雨が降ったかと思えば今日は快晴となり、昨日の雨が湿気をもひきつれて遠のき、清々しい天気になりました。今日は外仕事が多く、炎天下の中に…[続きを読む]
最近急逝された現代彫刻家の飯田善国さんが出版したエッセイを、埃をはたいてパラパラ貢をめくって見ています。1977年に購入しているので、手許にあるのは初版です。自分がちょうど大学生の頃で、この本によって…[続きを読む]
タマラ・ド・レンピッカの絵は、現在に至るまで評価が二転三転したそうです。絵を見るとアールデコの時代をあまりにも象徴する空気をもち、レトロな雰囲気が漂っています。ただ、とても巧みな技術をもった画家だと思…[続きを読む]
表題は写真家南川三治郎氏が海外のアーテストのアトリエを撮影した写真集で平成6年に出版されています。昨日のブログ同様、繰り返し眺めては刺激をもらえる大切な冊子になっています。あとがきに「アトリエは、芸術…[続きを読む]
女性写真家のジェマ・レバインによる「ヘンリー・ムアとともに」という写真集が手許にあります。かなり昔に購入した洋書です。何気なく書棚に手を伸ばし、貢をめくっているとムアのアトリエにある様々なモノが気にな…[続きを読む]
昨年は2月5日でした。今年は今日が個展のための図録撮影の日になりました。昨年と違い、組み立てに時間のかかる作品なので、今日は長く、それでいてあっという間に終わった一日でした。「発掘〜円墳〜」が午前中、…[続きを読む]
暇を見つけては活字を目で追っています。気まぐれ読書家なので、一冊の本を読むのに長い時間がかかってしまいます。同時に何冊も読んでいて、どこまで読んだかわからなくなっていることもあります。「彫刻の投影」と…[続きを読む]
家内の叔母が亡くなって通夜に行ってきました。昨年は父を失っているので不幸が続いています。父も叔母も80歳を超える年齢なので、これも仕方がないことです。祖父母の代では何でもなかったことが親の代ともなると…[続きを読む]
2006年は自分にとってどんな1年だったのか。振り返るのは今日くらいなので、思い当たるところを考えてみようと思います。4月に銀座のギャラリーせいほうで個展をしました。「陶彫〜発掘シリーズ〜」という題を…[続きを読む]
立体作品は作られた物質だけでなく、周囲の空間をも作っているという概念をもったのは海外での生活体験からでした。日本の大学で彫刻を学んでいた頃は、彫刻そのものの構造や量感を捉えるのが精一杯で、その彫刻が置…[続きを読む]
1980年代にウィーンに住んでいたので、まだソビエト連邦を中心とする共産圏が隣国にありました。ハンガリーや旧チェコスロバキアに出かけていくと、広場にはよく労働者や兵士を賛美する具象彫刻のモニュメントが…[続きを読む]
11月は秋も深まり、制作には絶好の季節となります。空気が乾燥して寒くなると、鑿を振るったり木を組み合わせたりする力仕事には汗が滴ることが少なく作業効率が上がります。美術の秋というのは観賞に限らず、制作…[続きを読む]
彫刻を始めた頃、構造がしっかり出来ていれば表面なんてどうでもよいと考えていました。表面の色や質感にこだわるようになったのは陶彫を始めてからです。陶芸は使う陶土や化粧土、釉薬によって立体でありながら表面…[続きを読む]
陶彫によるテーブル彫刻を以前作ったことがあります。テーブルを大地と考え、テーブルの上面をプラス、下面をマイナスとして両方に立体が伸びていくようにしました。むしろ地下に埋もれている部分を表現したくてテー…[続きを読む]
昨日、フンデルトワッサーが作った陶芸のことをブログに書いた後、ふと思い出したのが池田満寿夫の陶彫「般若心教」です。去年、三重県にあるパラミタミュージアムに行き、池田満寿夫の陶彫コレクションを見てきまし…[続きを読む]
オーストリアのオーバーエスタライヒ州に住む彫刻家中島修さんと一緒にカール・プランテルの自宅を訪ねたのは、もう20数年前になるでしょうか。農家を改造して中世の木の家具をモダンに配置した部屋に通されて、お…[続きを読む]