毎日自分に課しているRECORDとNOTE。仕事から帰った夜の時間帯にやっています。ポストカード大にした厚紙ケントに鉛筆で下書きし、場合によってはペン入れするのがRECORD。彩色は5日分をまとめて行…[続きを読む]
衣食住という人にとって必要なモノは、日々の生活の中では、あたりまえのように獲得していくモノなので、魔術的な魅力を感じにくいと思っています。震災があって、衣食住が確保できない状態では、その必要不可欠性が…[続きを読む]
通勤電車の中で読んでいるA・ブルトン著「シュルレアリスムと絵画」(人文書院)に収められているマルセル・デュシャンの作り出したガラス絵「花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも」に関する分析は、…[続きを読む]
「私が考えるに、これからも長いあいだ人間たちは、存在する事物も存在しない事物もおなじ光のなかに、おなじ幻覚の光のなかにひたしながら、自分の眼から流れる魔術的な河を、その真の源泉にまでさかのぼる必要を感…[続きを読む]
「壁体彫刻」というコトバに誘発されて、壁が連なって空間を遮っているイメージが浮かんでいます。壁は一枚板ではなく、部分同士を連結したものであり、何か得体の知れない刻印がされています。それはメカニックな浮…[続きを読む]
表題はドイツの近代彫刻家エルンスト・バルラハのことを取り上げた「バルラハ~神と人を求めた芸術家~」(小塩節著 日本キリスト教団出版局)の副題になったコトバです。バルラハは最近日本でも徐々に知られてきた…[続きを読む]
ホームページに新たなRECORDをアップしました。2009年の5月分と6月分です。1年以上前のRECORDですが、カメラマンによる撮影はとっくに終わっていて、カメラマンから画像も届いていたのですが、如…[続きを読む]
日本人である自分は日本語で思考したり、感情を表現したりしています。単純な伝達ならば外国語でも可能ですが、感情の機微となると、外国語と母国語の間に温度差が生じます。日本語特有の表現に、日本的趣向や詩情が…[続きを読む]
RECORDとは、ポストカード大の平面作品を一日1点ずつ作り上げていく総称です。自分に課して5年目を迎えています。10年続ければ3650点の作品が手許に残ります。1万点以上になるのに30年かかりますが…[続きを読む]
「蠢く」は「うごめく」と読みます。お恥ずかしいながら自分が最近覚えた漢字です。春の下に虫が2匹…というのが、いかにも「うごめく」雰囲気を表しています。今月のテーマはこの1年間のRECORDを締めくくる…[続きを読む]
象形文字のように単純化された形態をもつジョアン・ミロの絵画には、日本の前衛書道に共通する余白のセンスがあります。余白は空間であり、そこに平面でありながら立体としての空間を感じるのは私だけでしょうか。ミ…[続きを読む]
現在、昨年のRECORDを自分のホームページにアップしています。今回は3月分と4月分をアップしました。この頃はパターン化した画面構成をベースに造形をしていました。いつもホームページにアップする際、最後…[続きを読む]
一日の大半を職場で過ごしている自分は、職場関係で語りたいことが山ほどあります。にも関わらず、それを最小限に留め、できるだけ美術に関連した記事を書いています。このブログも自分にとっては自己表現のひとつで…[続きを読む]
『木・陶による「構築」シリーズ。「陶」は錆びた鋳物か古代の土器の趣。「木」は漁具の銛のような形。双方組み合わせての「構築」オブジェ。今回は巨大なテーブル状に仕立てて、壮観。』(美じょん新報 9月20日…[続きを読む]
自分のホームページの画像の所々に僅かなコトバを添付しています。添付と言っても解説や説明の文章ではなく、イメージから捻り出したものです。学生時代から詩や散文が大好きで、今でも当時の詩集が書棚に眠っていま…[続きを読む]
立体作品の展覧会に行くと、初めは大きな作品に目が奪われますが、じっくり見ていくうちにガラスケースに入った雛型に注目が移ります。雛型にはいろいろな謎が隠されていて、ひとつひとつ想像しながら鑑賞することは…[続きを読む]
彫刻を学んでいた学生時代には、作品のクオリティを高めることに精を出していて、作品がどこに展示されるかは念頭にありませんでした。作品を人に見せることを考えていなかった時代です。これはこれでよかったと今で…[続きを読む]
アメリカ人アーティストのジョセフ・コーネルと詩人の高橋睦郎によるコラボレーションによる展覧会は、さまざまな角度から自分を刺激してくれました。そのひとつに造形作品に捧げられた詩人のコトバがあります。捧げ…[続きを読む]
多摩美術大学美術館で開催されている故若林奮先生の「Dog Field」展は、彫刻数点と多くのドローイングによって構成された個展です。自分は昔から若林先生の個展であれば必ず見に行っていました。若林先生を…[続きを読む]
2006年3月に始めたホームページのNOTE(ブログ)は、同年8月から毎日アップするようになりました。夜パソコンに向かってブログを書くのが日課になっています。一日のうち1回は創作に纏わることを考えたい…[続きを読む]
「瀧口修造全集Ⅴ」(みすず書房)には、作家の個展や出版等に寄せる滝口の文章が掲載されています。それは通常の美術評論として書かれたものや、作品鑑賞から生まれ出た詩的なコトバも数多くあります。そうしたコト…[続きを読む]
朝から工房に行って、木彫に取り組みました。いろいろ用事があって、途中で中断も余儀なくされましたが、木を彫っている瞬間の楽しさを改めて認識しました。いつぞやのブログにも同じ内容を掲載しましたが、木を彫る…[続きを読む]
「言語と図像とは、位相を異にしながら、牽引し合う。余白に書かれたように見えながら、言語影像としての自発的な対位法をもつ。」(「瀧口修造全集5」みすず書房)自分がコトバを選ぶ時に感じることのひとつに、自…[続きを読む]
瀧口修造全集(みすず書房)の1巻から4巻まで読んだところで、一呼吸入れて別の本を読んでいました。「バルラッハの旅」(上野弘道著 風間書房)や「岩崎弥太郎と三菱四代」(河合敦著 幻冬舎)などを読んで、こ…[続きを読む]
通勤電車の中で愛読している「瀧口修造全集」。ちょうど4巻が終わったところで、中休みをとることにしました。瀧口流の思考に自分が傾倒しつつあるので、ちょっと切り口を変えてみたくなったのです。シュルレアリス…[続きを読む]
表題の「余白に書く」というのは、「瀧口修造全集Ⅳ」の副題です。「余白に書く」とはどういうことだろうと思って読み始めました。「余白に書く」とは展覧会や公演に寄せた文章であることがわかり、その夥しい数の文…[続きを読む]
職場では管理職といえども雑用に追われる毎日で、こんな時に通勤時間帯や余暇に読書ができる幸せを感じます。本を読む、活字を追う行為から広がるイメージの世界は、自分が今まで蓄積したあらゆる体験や経験を駆使し…[続きを読む]
毎日ポストカード大の作品を作り続けているRECORD。飽きもせず時と場合によっては無理やりやっている時があります。そんなRECORDの昨年の10月分と11月分がホームページにアップしました。10月は平…[続きを読む]
「瀧口修造全集」を相変わらず読んでいます。瀧口修造は詩人と認識して久しかった自分には、全集に掲載されていた自己を振り返る文章の中で、詩集を一冊も出版していない詩人だと自身を語っていられるのを読んで、職…[続きを読む]
ホームページを持つようになって、アップした画像の合間にコトバを書いています。学生の頃から詩が大好きで、自宅の書棚には今も学生時代に集めた詩集が眠っています。埃を叩いて、たまに頁をめくって、今の気持ちに…[続きを読む]
「老人力ときて、あとがきとなると、何だかもう遺書みたいだけど、そうではない。ふつうにあとがきである。」書店で立ち読みをして、まず目についたのは本書のあとがきでした。思わず吹き出して、即購入。「〜力」と…[続きを読む]