「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第三巻を読み終えました。自分が第三巻で注目し、共感したのは具体的な芸術に関わる部分です。第一巻は「表象」、第二巻は「意志」…[続きを読む]
「自然や人生から直接に汲み出された純正な作品のみが、自然や人生そのものと同様に、永遠に若く、つねに根源的な力をそなえているのである。なぜなら純正な作品は時代に属しているのではなく、人類に属しているので…[続きを読む]
森羅万象に対する視点や認識を新たに思索・提案し、理路整然と説き伏せるものが哲学書であると私は思っています。「感性」「悟性」「表象」「意志」等は偉大な哲学者たちの選び抜いたコトバの一部で、それに纏わる論…[続きを読む]
「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第三巻を読み始めると、芸術についての論考が出てきます。「芸術が再現してみせてくれるのは、純粋な観照を通じて把握せられるとこ…[続きを読む]
「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第三巻を読み始めました。第三巻は「表象としての世界の第二考察」という副題がついています。「根拠の原理に依存しない表象、すな…[続きを読む]
「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第二巻を読み終えました。「意志」に関するさまざまな論考をまとめ上げるには、あまりに膨大でどうしたらよいかわからないと思って…[続きを読む]
「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第二巻は「意志」がテーマになっています。気に留まった箇所を引用しますが、全体としてのテーマに沿った重要な部分かどうかは自分…[続きを読む]
「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第二巻は「意志としての世界」という表題がついています。「自分の身体は他の表象とはまったく別の、ぜんぜん種類の異なった仕方で…[続きを読む]
「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)第一巻を読み終えました。「根拠の原理に従う表象 すなわち経験と科学との客観」という副題がついていますが、これをまとめる能力…[続きを読む]
「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)の中の、理性と概念に関するものを、数日前のNOTE(ブログ)にアップしましたが、今回はまず「根拠の原理」に言及している箇所…[続きを読む]
「過去というも、未来というも[その内容が継続することは別として]、なにかある夢のようにまことにはかないものなのであるが、しかし現在というのは、この過去と未来の二つの間にあって、広がりも持続ももたない境…[続きを読む]
「デカンショ デカンショで半年暮らす あとの半年ゃ寝て暮らす」という旧制高校の流行り歌があります。これはデ=デカルト、カン=カント、ショ=ショーペンハウワーのことだそうで、いよいよ自分も本格的な哲学書…[続きを読む]
「シュタイナーの思想と生涯」(A.Pシェパード著 中村正明訳 青土社)を読み終えました。霊学や人智学は自分にとって未知の学問なので、オカルト系の胡散臭さを感じてしまっては、学問そのものに対して誤解を招…[続きを読む]
今日から12月です。師走というコトバ通り多忙を極める1ヶ月になるでしょう。毎年12月は矢の如く過ぎていく印象があります。今月は何をすべきか、よく考えていきたいと思います。差し詰め「発掘~増殖~」の焼成…[続きを読む]
「シュタイナーの思想と生涯」(A.Pシェパード著 中村正明訳 青土社)を読んでいて、自分の無知のせいで、何とも信じ難い論理に困惑を覚えます。霊界が存在する、物質界とは別の世界がある、こんな荒唐無稽な記…[続きを読む]
霊学も人智学も聞きなれない学問なので、現在読んでいる「シュタイナーの思想と生涯」(A.Pシェパード著 中村正明訳 青土社)の中に、この学問に関連した箇所を見つけ出し引用することにしました。まず、シュタ…[続きを読む]
「シュタイナーの思想と生涯」(A.Pシェパード著 中村正明訳 青土社)を読み始めました。私がルドルフ・シュタイナーを知ったのは学生時代で、最初は曲線を多用した独特な建築ゲーテアヌム(正確には第2ゲーテ…[続きを読む]
「悲劇の誕生」(ニーチェ著 秋山英夫訳 岩波書店)を全て読んだところで、ニーチェとはどんな人物だったのか、ニーチェにとって哲学とは何だったのかと知りたいと思うようになりました。「悲劇の誕生」は体系的な…[続きを読む]
「悲劇の誕生から死、そして再生」という表題を掲げましたが、現在読んでいる「悲劇の誕生」(ニーチェ著 秋山英夫訳 岩波書店)にこんな文章があります。「ギリシャ悲劇の発生史は、ギリシャ人の悲劇的芸術作品が…[続きを読む]
「悲劇の誕生」(ニーチェ著 秋山英夫訳 岩波書店)を読み始めました。哲学者フリードリッヒ・ニーチェは1844年にライプティヒ近郊の村に生まれました。当時はドイツという国ではなくプロイセン王国でした。大…[続きを読む]
「ヨーゼフ・ボイス よみがえる革命」(水戸芸術館現代美術センター編 フィルムアート社)を読み終えました。ヨーゼフ・ボイス関連の3冊の書籍を読んで、自分も一応ボイスの目指していた「社会彫刻」や「拡張され…[続きを読む]
アンディ・ウォーホルは米国が生んだポップアートのスターで、量産という概念をアートに持ち込んだ芸術家です。「ヨーゼフ・ボイス よみがえる革命」(水戸芸術館現代美術センター編 フィルムアート社)を読んでい…[続きを読む]
「ヨーゼフ・ボイス よみがえる革命」(水戸芸術館現代美術センター編 フィルムアート社)を読み始めました。本書は2009年に水戸芸術館現代美術センターで企画された展覧会の図録で、先日書店で購入したもので…[続きを読む]
「ボイスから始まる」(菅原教夫著 五柳書院)を読み終えました。ヨーゼフ・ボイスの生涯に亘る活動を要領よくまとめられている本書は、自分にとってボイスというカリスマを知る良い契機となりました。遅ればせなが…[続きを読む]
今読んでいる「ボイスから始まる」(菅原教夫著 五柳書院)には興味が惹きつけられる箇所がたくさんあります。抜粋すると「ヒトラーとボイスには確かに似ている面がある。前者は第一次大戦がもたらしたドイツの荒廃…[続きを読む]
「ボイスから始まる」(菅原教夫著 五柳書院)を読んで最初に出会うのは第二次大戦中のユダヤ人大量殺戮で、戦後ドイツ人芸術家が負った宿命の記述です。「想像されるのは、ボイスにとってドイツが背負うホロコース…[続きを読む]
「ボイスから始まる」(菅原教夫著 五柳書院)を読み始めました。先日まで読んでいた「ヨーゼフ・ボイスの足型」に続くボイス論です。ドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイスに関わる書籍は専門的な書店を探しても少なくて…[続きを読む]
「コーヒーを飲んだあと、いよいよ石膏の流し込みを始める。中庭は四方を囲まれているわりには、不思議に涼しい風が時おり吹き抜けるが、この夏の異常な暑さで頭がクラクラするほどだった。日陰で石膏を水に溶かし、…[続きを読む]
通勤時間帯に読んでいる「ヨーゼフ・ボイスの足型」(若江漢字 酒井忠康共著 みすず書房)に夢中になっていたところ、降りる駅のアナウンスが流れて、ドキっとしたことがありました。読書はその中に自分が入り込ん…[続きを読む]
現代美術を考える上で、自分の中では知名度ばかりが独り歩きをしていて、作品に込める哲学やその具現化等の実態を知らない巨匠のひとりがドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイスです。私が渡欧した1980年当時はドイツの…[続きを読む]
ドイツの現代芸術家であった故ヨーゼフ・ボイス関連の書籍を読むのは初めてです。自分の中での巨匠との関わりは別の機会に書きますが、実績を知りたい芸術家のひとりであったので、「ヨーゼフ・ボイスの足型」(若江…[続きを読む]