Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • アルテ・ピナコテーク
    アルテ・ピナコテークはヨーロッパに渡って初めて観た大規模な美術館でした。パリのルーブル美術館でもなく、イタリア各地の美術館でもなく、このミュンヘンの美術館が自分の脳裏に最初にすり込まれた西洋絵画になりました。デューラーから紐解く西洋美術史というわけです。幸いと言っていいものかわかりませんが、有名な「モナリザ」ではなく、デューラーの「4人の使徒」から入った絵画は先入観がない状態で目に飛び込んできました。これには本当に驚きました。描写の迫力に圧倒されました。ルーカス・クラナッハも硬質な感じが一目で気に入ってしまいました。フランスやイタリアといった美術史では避けて通れない国々より、ドイツ美術が自分の心に鎮座してしまったことが、その後の自分の美術趣向にも造形思考にも影響していると今も思っています。
    ブッターミルヒとブラウエケーゼ
    ドイツに渡って、まずスーパーマーケットで買ったのが牛乳とチーズでした。牛乳は「ブッターミルヒ」、つまりバターミルクが名前からして美味しいはずだと疑うことなく買いましたが、一口飲んで思わず吹き出しました。牛乳が酸っぱいのです。これは腐ってると勘違いして捨ててしまいました。次に「ブラウエケーゼ」というチーズ。包まれた紙を開いたら中身は青カビだらけ。これも腐ってると勘違いしました。まだ日本にブルーチーズがわずかしか輸入されていなかった時代です。初めて味わうドイツのドイツらしい食品に唖然とした経験があります。それから普通の牛乳やチーズを買うようになり、これらの美味しさに本当に舌鼓を打ちました。外国の体感はこんなところから始まるのではないかと思います。
    ノイシュバンシュタイン城
    1980年に初めてドイツに渡り、語学を学ぶため通っていたゲーテ・インステイテュートで、フュッセンにあるノイシュバンシュタイン城を初めとするバイエルン王が作った城や劇場を見て回る遠足がありました。多国籍生徒がバスで出かけることはドイツの短い夏を満喫するのに楽しく素敵な企画でした。ノイシュバンシュタイン城はポスターでよく見かける城なので外見はポピュラーでもあり、その美しさは充分わかっていました。ただし内部は華麗というよりしつこいくらいの装飾があって驚きました。バロックやロココといった西洋の装飾に触れた第一歩でした。ちょっと辟易すると日本にいる知り合いに書き送ったら、長い間商社マンとしてドイツにいたその知り合いは、日本から出かけたばかりで断定的な考え方をしてはいけないと諭してきました。それからはじっくり時間をかけて自分の中で西洋が染み込んでくるのを待つようにしました。
    ムルナウの短い夏
    ドイツのバイエルン州のある小さな町で、かつて画家カンデインスキーがひと時暮らしたことがあります。そのムルナウには外国人のための全寮制のドイツ語学校がありました。ゲーテ・インステイテュートという学校でドイツに何箇所があり、ドイツ語を学ぶことでは有名な機関です。自分も日本で申し込み、このムルナウにやってきました。1980年のことです。秋の美術学校入試に間に合うようにきたので、8月の渡欧になりました。南ドイツの美しい風景と町並みが印象的で感嘆しました。草原に点在する絵本のような街。トンガリ頭の教会が街の中心にありました。ドイツ語は思ったほど上達しませんでしたが、ホームステイをしながらの語学研修は夢のようでした。学校が終わった後の散歩道やいつも寄るレストラン、近くの湖と森が特に印象に残っています。
    作庭家 重森三玲
    松下電工汐留ミュージアムで「重森三玲の庭」と題する個展が開かれています。作庭のプランや模型、写真などによる展覧会で、画家や彫刻家ではなく、さらに工芸家や建築家でもない人を扱ったユニークな内容でした。亡父が造園業をやっていたことがあって、自分はかなり前から重森三玲という人に興味がありました。京都の東福寺でそのモダンな庭を見ていたのですが、実際に意識するようになったのはイサム・ノグチが作ったパリにあるユネスコ庭園に協力をした人だとわかった時からです。特に石が垂直に立てられた築山や白砂に横たわる長い石に不思議なハーモニーを感じます。場の彫刻を考える自分にとって避けて通れない存在だと思っています。これを契機に重森三玲をもっと研究しようと考えています。