Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ヒロシマのある国で
    「ヒロシマのある国で」という合唱曲があります。「八月の青空に今もこだまするのは若き詩人の叫び、遠き被爆者の声〜」で始まる歌です。昨日はヒロシマに原爆が投下された61年目の記念日でした。何年か前に広島を訪れた時は記念式典の後だったので、いくつもの花束や千羽鶴がおいてありました。その時は長崎にも足をのばしました。埼玉県にある「丸木美術館」にも行き、「原爆の図」も見ました。歴史の負の部分を自分もしっかり見ておかなければならないと感じたからです。そうしたことを作品化する必然は自分にはありませんが、被爆国に生きる一人としての自覚はこれからもずっと必要だと感じています。
    武装のイメージ
    作業場に教え子が来て、武器を作っているのかと聞かれました。確かに柱の先を尖らせて文様を加えた作品は槍のようにも見え、それらが数本立てかけてある作業場は異様な雰囲気です。いずれ20数本を彫り上げ、組み合わせて囲むカタチを作ろうとしているのですが、以前のブログにも書きましたがパーツをひたすら作る今は黙して語らずです。柱が槍に見えるとすれば武装されたイメージにも捉えられるのでしょう。連日イスラエル軍のレバノン空爆がテレビで伝えられている情勢からすれば、メッセージ性も感じ取れるのかもしれません。自分は社会情勢から作品化を思い立つことはありませんが、数年前にも陶彫で都市を表現して発表した時も、ニューヨークのテロを彷彿させるという感想をいただきました。人が住むところをイメージして作品化するということは、人と人との関わりを描くことになるのでしょう。
    嗜好品ないものねだり
    海外で暮らしていた頃は、米を炊いて、高価な醤油を使って料理していました。日本食くらい美味しいものはないと思っていました。帰国した時、実家で食べた米飯の味は忘れられない思い出です。ところが今はパンに凝っています。クリスマスの時によくドイツで食べられていたシュトレンが食べたくて、それに似たドライフルーツのどっさり入った黒パンを探しています。最近では日本のパン屋さんでもクリスマスになるとシュトレンを売っていますが、年中というわけではありません。鶴見にあるロシアパンを扱う店でシュトレンに似たシンデレラというパンがあって、風味と噛み応えがとてもよいのです。日本にいて何でこんな味覚が恋しいのか、よくわかりません。ないものねだりは嗜好全てにあるようです。車も日本車を手放して、扱いにくい外車にしたのもその表れでしょうか。
    叔父の哲学につきあう夜
    妻の叔父にあたる人に量義治という哲学者がいます。個展や横浜のグループ展の案内を送るとよく来てくれます。叔父はカント哲学を研究し著作も出しているのですが、贈書していただいたにもかかわらず、読み始めの途中で投げ出してしまっているため叔父には顔向けできません。自分は昔興味を持ったシュペングラー「西洋の没落」も途中で挫折し書架に眠っているので、こうした論文が苦手なのかもしれません。今回贈っていただいたのはキリスト教に関する小冊子です。これならイケると思い、読み解くことにしました。口当たりの良い文章に慣れている身には久しぶりに味わう構築性の高い文章です。内容は無洗礼等における無教会主義。キリスト教解釈のひとつでしょうが、真理を探究するにはこうした方法論もあるのかと恥ずかしながら初めて知りました。哲学や神学に造詣の深い叔父なので、芸術にはどんな思想をもっているのか、一度話が聞きたいと思うこの頃です。
    歯の治療
    今年初め、図録作成の撮影会の時に作品を持ち上げたら、奥歯にある差し歯が取れてしまいました。ずっとそのままにしておいたら、どうも具合が悪いので思い切って歯医者に行きました。差し歯はたいしたこともなく新しく作ることになりました。ところが別のところに虫歯が見つかり、治療を続けることになりました。今日は虫歯になった歯を根本から治すというので何とか耐えてきました。興味を覚えたのは歯型を取る時に使うゴム状の材質、肌理の細かい石膏、歯を削る時に使う器具の種類等でした。彫刻の制作工程にも似た作業で妙に親近感がありました。でも治療室の雰囲気はどうも親近感とはほど遠いもので、通うのがシンドくなりそうです。