2006.07.28 Friday
昨晩ブログを書いた後、ここで自己を語ってみたくなりました。まず彫刻との最初の出会いを思い出すことにしました。たしか高校生の頃は建築か工業デザインをやりたいと思っていました。高3からデザインの勉強を始めたのですが、成り行きで大学は彫刻科に入ったのが彫刻との最初の出会いです。巨匠に心酔した訳ではなく、むしろ初めは人体の塑造に馴染めず、それならいっそプロの作品を見ようと上野の都美術館に行きました。彫刻室に並べられている作品群では巧みな表面処理に心が奪われました。自分はこんなふうに作れないと思ったものでした。たどたどしい自分の塑造が嫌になりました。でも飽くことなく続けていて、再度上野に行ってみたら、今度はあまり感動もなく異様な感覚を持ったことを覚えています。そんな時、心を奪われたのが荻原守衛や中原悌二郎でした。技巧ではなく生命そのものが漲っている塑造。「ロダンの言葉」を読み、守衛の「彫刻真髄」を読みました。彫刻科の友人と穂高の碌山美術館にも足を運びました。そんなこともあってようやく彫塑が楽しくなってきたのを思い出しています。
2006.07.27 Thursday
大勢の前で講義をしている仕事にもかかわらず、自分のことを語るのは苦手です。羞恥心が邪魔して思う通りにはいきません。ましてや作品のことなどまったく論外で、横浜市の某研究会で依頼された時は言下にお断りいたしました。自分が研究している自分以外の対象がある場合は、何故か容易です。仕事口調にもなって調子よく時間までも微調整できるほどです。自分の作品は自分の恥部をさらすようなものなのでしょうか。でも不思議なことにこうしてブログを書いていると、ほとんど自分のことばかりになってしまいます。これが読まれることを念頭において書いているにもかかわらず、恥らう心が無くなります。携帯電話のメールも同じ効果があるのかもしれません。昨今、人との付き合い方に変化が見られる原因でしょう。希薄な人間関係を嘆きつつ、こうした媒体を利用して本音を語る自分が情けない気がします。
2006.07.26 Wednesday
木材に鋸をあてながら丸鑿を振るい、余分な木屑を落とします。単純で健康的な作業です。やっとたどり着いた工程です。イメージし、デッサンし、雛型を作っては試作を繰り返し、なんとか実寸で作り始められたと言ったところでしょうか。でも本当は気が急いて、少しずつ部品を作っていたのですが、本格的にはこれから始まる感じです。いつもいつも鑿を握っている訳ではないので、作り始めは調子に乗らず腕も手も痛みます。しだいに乗ってくると、他のことが煩わしくなります。創作とは不思議なもので片手間では出来ません。視野が急激に狭くなり、人との関わりが嫌になってきます。その代わり心の視野が広がります。全身全霊というコトバがぴったりです。自分のとってこれが比類ない幸せなのかもしれません。
2006.07.25 Tuesday
刃物を研ぐのは制作に入る前に行う儀式のようなものです。でも木彫には絶対必要なことです。陶彫をやる時は土練りが儀式です。これは無心な状態に自分を保ちます。日常から離脱する瞬間かもしれません。スポーツクラブで泳いでいる時もそんな瞬間があります。そうした無心な瞬間は、対人関係や日常の煩わしさを忘れるので、心を健康にするものかもしれません。座禅もそうした類のものですが、座禅と違うところは鑿を研いだり、土を練ったりするのは次のステップへの準備なので、自分に対する振り返りはなく、むしろ前向きな欲に支えられた心理状態であるのかもしれません。
2006.07.24 Monday
昨夜、長野に住む池田宗弘先生から電話がありました。この時期になると先生の好きな日本酒を贈っているので、そのお礼の電話でした。例年なら先生宅にお邪魔する日程を決めるところですが、先日父が他界したことをお知らせしたら、先生から早速花束が届きました。先生も奥様を亡くされて数年が経とうとしています。身近な人が亡くなるのは辛いことだと何度もおっしゃっていました。今読んでいる保田先生の書かれた「白い風景」にも奥様の追悼が美しい文章で綴られています。奇しくも当時同じ大学で教鞭をとっていられた両先生が同じ境遇にいることを思うと、次世代の自分にも必ず訪れる運命だろうと思います。自分が先立っても、後に残っても、その時の自分はどんな思いで死と向かい合うのか、今は想像すらできません。