2017.09.11 Monday
先日、金曜日の夜間開館時間に東京上野の国立西洋美術館で開催中の「アルチンボルド展」を見に行ってきました。日本人はだまし絵のような視覚的遊戯が好きなのか、夜にも関わらず美術館は大変な混雑振りでした。確かに現代からすれば16世紀に描かれた幻想的な絵画は、現代にも通用するような新しい価値観を有していて、とても面白いと感じました。人の頭部を花や果実、魚類、獣類や人工的な産物などの集合体で描いているジュゼッペ・アルチンボルドの独特な世界は、入念にリアリティを追求している反面、寄せ絵の驚嘆に値する観察に思わず引き込まれてしまう魅力を持っています。鑑賞者は異形を楽しむと同時に、その絵が描かれた背景を知りたくなるのです。図録を捲っていると時代に触れた箇所がいくつかありましたが、画家本人の事情に添った部分が気に留まりました。少々長くなりますが、引用します。「『四代元素』のシリーズは、1564年、マクシミリアン2世が神聖ローマ皇帝の座についた後に描かれたものであり、ハプスブルグ家の統治への寓意は一層明白になっている。それでもこれらの怪物のような肖像画が、皇帝の公的イメージを貶める戯画であるというように受け止められはしないか、アルチンボルドはおそらく自信がなかったのであろう、彼は学識者の文章で援護してもらおうと考えた。~略~それは中心的テーマが遊戯、言い換えれば『スケルツォ(冗談)』だったからであろうか。いずれにせよ、アルチンボルドの真面目な冗談がもつ真の意図は、新案の形式に寓意的内容あるいは大プリニウスをはじめとする古代の学識への言及を盛り込むことでも、一見ふざけたような表現に道徳的な含みを持たせることでもなく、むしろ人体の外形から、科学的探究の成果が正確に描写された細部へと、鑑賞者の注意を喚起し視線を導くことにあったと思われる。」これはまさに20世紀以降の芸術の考え方に近く、アルチンボルドがシュルレアリスムの画家たちに支持された理由が分かります。
2017.09.10 Sunday
新作のテーブル彫刻の床には6個の陶彫部品を円形にして置く予定です。その6個はかなり大きくて、窯に入る最大の大きさで作っています。部品が大きくなればなるほど、罅割れが心配になります。もともと陶芸の器と違い、陶彫は無理な形態をしているので、失敗は陶芸の比ではありません。慎重にやっても思わぬ箇所が割れてしまうことがあります。今日は朝から工房に篭って、6個中4個目になる陶彫部品の成形に明け暮れました。昨日用意したタタラを、予め決めておいた寸法でカットして、木材で押さえながら立てていきます。タタラは適度に乾燥していなければ垂直には立てられません。内側を紐状にした陶土で補強しながら組立てていくのです。タタラはまだ柔らかいので曲面も作れます。もう数時間タタラをそのまま放置すると完全に硬くなって曲面が作れなくなります。この度合いが微妙です。タタラ同士の接着にはドベを使います。ドベは陶土を水で溶いたもので、櫛ベラで傷つけた面と面にドベを塗って接着していきます。接着した内側は紐状の陶土で補強します。組立てた立体の上にさらにタタラを積むときは、下の立体が重量に耐えるだけ乾燥しているかどうかを確かめていきます。タタラの厚さも上にいけばいくほど若干薄くなっていくのが理想です。彫刻的な面白みはこの立体構造にあります。単純な構造ではありますが、僅かに波打つ斜面やそれを支える面構造の力学関係をここで堪能できるのです。陶彫全体の中でこれが一番面白い工程と私は思っています。その後に続く彫り込み加飾は絵画的な要素が強いと思っていて、成形に比べれば退屈な作業だと感じています。今日は成形が終わってビニールで包み、彫り込み加飾はウィークディの夜間制作に回しました。月曜日以降は夜に工房へ来られるでしょうか。仕事後の疲労度によりますが、先週は3日間来ました。今週はどうでしょうか。
2017.09.09 Saturday
週末になり、陶彫制作のために朝から工房に篭りました。真夏に比べると朝夕涼しくなりましたが、それでも日中は汗が滴るほど暑くなりました。今日の作業は土練りと陶彫成形のための準備に充てました。私の陶彫はひとつずつがかなり大きいものですが、基本は陶芸の技法と同じです。陶芸では手びねりで器を作るために、手回しロクロの上で紐状にした陶土を積み重ねていく方法を取りますが、これは主に円形の器を作るときに用います。四角い器を作るときは、陶土を平たい板にして、それを立ち上げていく方法を取ります。平たい板をタタラと言いますが、タタラを作るときは、陶土の塊の左右に木製のタタラ板を置いて、タタラ板の上を針金の糸で滑らしてカットするのが一般的です。私の陶彫は大きさはあっても、紐作りとタタラの混合によって制作していきます。タタラはタタラ板を使えるようなものではないので、塊を掌で叩いて薄く延ばしていきます。麺棒も使いますので、蕎麦打ちのような按配です。厚さは1cm程度にしています。成形後に5mmの彫り込みをするので、この厚さにしているのです。ビニールに包んで一晩放置すれば、ちょうどいい硬さになっています。ひとつ陶彫成形を作るのに、どのくらいのタタラが必要なのか予め計算しておきます。土錬機にかけて、さらに菊練りした陶土を、全部タタラにするわけにはいかないのです。タタラは構造的に弱いところがあって、場所によっては陶土を紐状にして補強をしなければならないからです。そのための陶土を残しておきます。陶芸と違い、陶彫は乾燥によって陶土が左右に引っ張られ、皹が出来ることがあります。陶彫はバランスよく乾燥が進む形態ではないので、そこを確かめながら紐作りで補うのです。それでも失敗はあります。初歩的なミスには口惜しい思いをしますが、最近はそれにも慣れてきて、昔のように落ち込んだりしなくなりました。今日は明日の成形に向けての準備に追われました。明日は4個目の陶彫成形作業です。
2017.09.08 Friday
今日は私用があって2時間ほど年休をいただきましたが、年休を取らなくても金曜日の夜は美術館の開館時間が延長されているため、仕事帰りに美術館に立ち寄ることが可能です。私用はあっという間に終わり、今日は家内と連絡を取って、東京の美術館に行くことにしました。後輩の彫刻家が毎年二科展に出品していて招待状をいただいているのです。二科展の会場は国立新美術館で、公募団体としては規模が大きく見応えのある作品もあって、私は毎年必ず見に行っています。後輩の彫刻家は抽象的な木彫作品を作っています。彼は技術面で優れていて、厚板を刳り貫いて有機的な文様が立体化された作品を作っています。今年は球体に取り組んでいました。球体は空洞になっていて、表面には彼らしい文様が刳り貫かれていました。相変わらず巧みな作り込みだなぁと思いました。技術が進むと軽ろやかな形態になり、重量を感じさせなくなります。その軽やかさは表現の売りになりますが、危険も孕んでいます。彫刻は技術面も重要ですが、造形に対する精神性が問われます。その度合いが工芸やデザインよりも強いのではないかと私は感じています。彫刻が人の心を打つのは技巧ではなく、もっと別の次元です。技巧に走りすぎると、表現として訴える力が萎えてくるのです。技巧を超えるインパクト、空間に置かれる立体構造物にどんな意味を持たせるのか、哲学を要する造形思考がそこにあります。そんなことを考えながら、彼の力作を見ていました。その後、六本木の国立新美術館から上野の国立西洋美術館に移動し、話題の「アルチンボルド展」を見ました。すでに延長開館時間になっていましたが、多くの人が来ていました。「アルチンボルド展」の詳しい感想は後日にしたいと思います。
2017.09.07 Thursday
今年の7月に日本美術家連盟から「美術家の健康と安全」という冊子が送られてきました。これは造形美術の分野別ハンドブックで、画材や彫刻素材、溶剤や接着剤などが細かく記載されていて、とても便利です。とりわけ危険有害性物質や有機溶剤は、安全に扱うための注意があって、有り難いなぁと思いました。彫刻は素材によって有害物質があり、扱い方や対処法の記載が的確です。作家からの聞き取りがあるらしく、注意点に書かれたものは自分でわかっていても一読した方がいいなぁと思いました。自分が扱ったことがない素材に関する知識や道具の種類にも私は興味関心があるので、この素材を使うにはこんなことを心がけなければならないのかと頁を繰りながら思いました。他の分野ではとりわけ版画に注目しました。銅版画は私が新たに取り組みたい分野ですが、腐食液を使用するので、この扱いに留意しなければならないと思いました。市販されている他のハンドブックに見られない具体的な製版方法や使い終わった後の処理の方法まで書かれていて、作家の目線による注意喚起は大変役立つものと思います。ただし、作家以外の人には詳細すぎる部分もあるので、これはあくまでも作り手にだけ伝わるハンドブックなのだと理解しています。