2018.03.17 Saturday
週末になりました。いつもならウィークディの疲労が残っているため、土曜日の創作活動は軽めに終わらせていましたが、今日は朝から夕方まで休むことなく制作を続けました。明日は先祖の墓参りに近所の菩提寺に出かけ、その足で職場にちょっと顔を出さなければならない用事があるため、丸一日制作が出来ないのです。今年の夏にギャラリーせいほうで発表する新作は、現在佳境に入っています。今が頑張り時です。職場では来年度人事が煮詰まり、工房では新作全体が7割程度の状況まで進んでいます。二足の草鞋生活双方とも緊張の糸が張り詰めていると感じています。昨日のNOTE(ブログ)に、こんな生活について自問自答したことを掲載しましたが、今日は内向きではなく、外に向ってひたすら制作あるのみでした。掌で陶土を叩いて、大きなタタラを6枚作りました。明日の成形に備えるためです。保存してある陶土が無くなったので、土錬機を回して40kgの陶土を用意しました。午後は前回作っておいた陶彫部品に彫り込み加飾を施しました。いつもの土曜日ならここまではやりません。身体が疲労しているのは分かっていましたが、萎えていく意欲を気持ちで振り切りました。疲労に挫けず、モチベーションを高く保ちました。若いスタッフが2人工房に来ていて、彼女たちにも背中を押されていました。いつも出来ることではありませんが、ここぞと思う時は頑張れるものだなぁと思いました。最近観た映画で、ジャコメッティの制作姿勢を描いたものがあり、単純な自分はそこに触発されて頑張っているんだろうと思いました。映画鑑賞も役に立つものです。夜になって自宅の食卓でRECORDを描いていたら、さすがに意欲が途切れてきました。明日も継続です。
2018.03.16 Friday
創作活動での労働の蓄積は望むところですが、公務員管理職としての疲労の蓄積は、私の悩みの種になっています。来年度の人事を固めつつある現在は、来年度に向けて期待を膨らませると同時に、そのメンバーでどうやっていくのか、思考の迷宮に入ってしまいそうです。こんなことは何とかなると例年考えていて、実際に何とかなっているのですが、さまざまな想定をしてしまうのが私の悪い癖だなぁと思っています。あるところでは楽天家でないと管理職は勤まらないのかもしれません。私が関わっている職場外の組織でも人事が進められています。その組織で存在感のある方が退職となって、一抹の不安を覚えるのは私だけではないはずです。そんな年度末の一週間は疲れないはずはありません。ようやく金曜日がやってきたと思っていますが、安堵するには程遠い状況です。私のリフレッシュはもちろん創作活動ですが、これが本当にリフレッシュになっているのか、甚だ疑問です。創作活動も今年の夏の個展に向けて佳境に入り、それはそれで別次元の悩みを抱いています。週末はウィークディとはまるで異なる疲労を蓄積してしまいます。その疲労はウィークディの仕事によって緩和され、ウィークディの仕事の疲労が取って代わります。その一方で、創作活動にしろ、公務員管理職にしろ、まだまだお前は仕事を続けるべきだと天の声がしています。私は昔から自然の成すがままに任せている傾向があって、そこで自ら決定を下すことはしません。自然に成すがまま受け入れる運命に、理由も根拠もありません。ただ何となく現状の自分は、自分の持てる力量に見合っている仕事をしているか、無理はしていないかを自分に問いかけるのです。二足の草鞋生活を知っている知人が、よくやっているなぁと声をかけてくれます。その一声が嬉しくてホッとしますが、自分が苦しくなければ、現状でいけると自分に言い聞かせています。自分がどこまでこの二足の草鞋生活を続けられるのか分かりません。年度末の多忙な時期になると、毎年考えてしまうことではあります。
2018.03.15 Thursday
今朝、職場に届いていた日本経済新聞に興味のある記事が開催されていたので、NOTE(ブログ)で取り上げることにしました。人形作家宮崎郁子氏による記事で、前書きとして「1890年、ウィーン近郊に生まれた画家エゴン・シーレは早くから絵の才能を認められ、28歳で亡くなるまでに多くの名作を残した。私は1995年に画集を見て作品に一目ぼれし、以来、彼の絵に着想した人形を作り続けている。」とありました。シーレは独特なポーズをした人物画で国際的にも知名度がある夭折の画家です。それを立体化していく着想は、面白いけれど困難がつき纏うんじゃないかと思いました。こんな一文があります。「現実にはあり得ない程ねじ曲がった体。時にうつろ、時に挑発するようなまなざし。全てを再現したかった。~略~2次元の絵を立体にするので、描かれていない部分は想像で補う。不思議なことに、デフォルメされて違和感を覚えていたポーズでも、立体に起こすと自然につながる。高いデッサン能力に基づいて、絵が描かれていることを実感した。」へぇ、やはりそうなのか。シーレのデッサンは個性が際立つけれども、基本となる形態把握は優れていると常々思っていました。立体にすると自然な肢体が確認できると言うのはとても良い発見だと思いました。シーレはデッサンを美術学校で修得したのでしょうか。そうだとすればシーレが、私と同じウィーン美術アカデミーに一時学んでいたことが、ちょっとした私の自慢になるわけです。記事で知ったことですが、シーレの絵によく登場するクルマウのアトリエは、現在はチェコにあり、宮崎氏はここに1ヵ月滞在し、作品を制作する機会があったと言うのです。これは素晴らしいことで、夢は長年思い続ければ叶うものだなぁと思いました。
2018.03.14 Wednesday
詩集「プロテストソング」(小室等・谷川俊太郎著 旬報社)をふらりと立ち寄った書店で見つけ、早速購入しました。小室等のアルバム「プロテストソング」は、私が夜になるとよく聴いているカセットテープです。発売されたのが1978年というのですから、当時私は大学生だったわけで、今から40年も前になります。当時はCDではなくカセットテープになったアルバムを購入して、今もそれを大切に聴いている次第です。私は毎晩1点ずつ小さな平面作品RECORDをやっていますが、その制作時のお気に入りの音楽のひとつなのです。カセットが入るデッキもなくなりつつある昨今、新しく「プロテストソング2」が発売されたことをきっかけに、今までの小室等のアルバムを全てCDに買い替えようと思っています。小室等のアルバムの魅力は、詩人谷川俊太郎氏のコトバによるところが大きいと思っています。今回は書籍を先行して買ってしまいましたが、東京に行った折に大手レコード店に寄ってみようと思っています。本書は小室等・谷川俊太郎両氏の対談が掲載されていて、プロテストソングの意義や40年越しになる制作秘話もあって、楽しく読ませていただきました。流行の騒がしいJポップの中で、私にとっては訥々とした弾き語りに、いつまでも古くならない新鮮さを覚えてしまうのです。40年前の歌から「クリフトンN.J.」の中の一節に惹かれます。♪「ぼくらはみんな憎しみを恐れ そのくせ愛するのが下手だ ~略~ぼくらはひとり英雄を夢み そのくせ甘えるのが好きだ ~略~ぼくらはみんな永遠を恋し そのくせこの時代のとりこ」
2018.03.13 Tuesday
画家やデザイナーと違い、彫刻家は立体制作が可能な工房を持っている人が多いと思います。彫刻はパソコンだけで創作できるものではなく、実材と向かい合っているだけに、例えば工場のような無味乾燥な作業場や、野外での広漠たる場所があったりして、その素材によって場所や施設が異なってきます。相原工房には窯や土練機が備えてあります。作業台が6台、回転台を初めとする陶彫用の道具は数多くあります。木彫用の万力や電動工具もあります。作業台の一部と大きめなイーゼルはスタッフたちが使っています。工房では坦々と作業を進めていますが、時に気分が高揚したり、落ち込んだり、心の叫びがつい飛び出してしまうことがあります。工房はただの空間ではないなぁと自覚しています。スタッフも制作中は自分の殻に閉じ籠っているので、他人のことなど見えていません。そんな工房でのドラマが展開する映画を、最近よく観ています。登場するのはいずれも彫刻家の巨匠たち。「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」は、近代彫刻界に絶大な存在を示したロダンの生涯の一幕を取り上げていました。ロダンの工房は、国から借り受けた広大な大理石保管所で、そこに働く人たちや愛人との関係を生き生きと描いていました。「ジャコメッティ 最後の肖像」は、晩年のジャコメッティの小さな工房が舞台でした。ジャコメッティは現代彫刻で独自な世界観を築いた巨匠でしたが、古く薄汚れた空間の中で、妻や弟、娼婦である若い愛人に囲まれて暮らしていました。ロダンにしてもジャコメッティにしても映画の中では、まさに密室で展開する内面の葛藤を余すところなく描いていて、ドラマとは言え、自己表現を全うするために常軌を逸していると感じます。そんな巨匠たちの生きざまは、厳しくも豊かな内容を私に提供してくれるのです。