Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 4月初めの日曜日に…
    今日は年度初めの4月1日です。日曜日であったため職場には行かず、私は朝から工房にいました。例年より陶彫制作を頑張っているつもりが、毎年ハードルを上げているせいか、厳しい制作工程に悩まされています。朝9時から夕方4時まで休むことなく陶土と格闘していました。今日はスタッフも不在で、久しぶりに孤独でした。とは言え、私には孤独を味わう余裕もなく、あれこれ考えることもなく、眼の前の陶彫成形に集中していました。成形がひとつ終われば、他の乾燥した陶彫部品にヤスリをかけ、化粧土を施し、窯入れを行いました。今月の制作目標としては、先月果たせなかった陶彫部品の完成と、テーブルにするための柱の処理が上げられます。大きなテーブル彫刻は、柱を陶壁で覆う予定です。小さなテーブル彫刻の柱は、幾何的なカタチを木彫する予定にしています。今月いっぱいかけて作品をほぼ完成しておかないと、毎年恒例の図録のための写真撮影に間に合わなくなります。撮影が5月に出来れば幸いですが、果たして出来上がるでしょうか。いよいよスケジュールが大変なことになってきました。毎年完成への綱渡りはしたくないと思っているのですが、何としても余裕が生まれないのが現状です。先月はRECORDを頑張っていました。今月も継続したいと思っています。鑑賞は美術館に行ける時間が確保できるでしょうか。生誕150年を迎える画家横山大観の大きな企画展が予定されています。40メートル以上にも及ぶ絵巻「生々流転」が見られるそうで、何とか時間をやり繰りして見に行きたいものです。映画館にも引き続き足を運ぼうと思っています。読書はアートと美学を論じた書籍をとつおいつ読んでいます。通勤時間の友として楽しみながら読んでいきます。今月も健康に気遣いながら頑張っていこうと思っています。
    年度末そして3月最後の週末
    年度末の最終日を迎え、勤務を要しない土曜日であっても、職場では荷物の片付けや整理をする職員がいたことでしょう。私は創作活動があるため出勤はしませんでしたが、私の書類の片付けもまだ終わっていません。今年度は職場の業績が良い意味でマスコミに取上げられ、私にも充実感がありました。私たちの業種は異動が新聞に掲載されて、さまざまな人の知るところとなります。私の知り合いも異動があって、思わず早朝から新聞を凝視してしまいました。次年度はどんな風が職場に吹いてくるのか楽しみです。私は今日は朝から工房に篭って制作三昧でした。今月の陶彫制作では大きなテーブル彫刻の床置きする部品のうち、2段目となる部品の成形と彫り込み加飾が全て終わりました。現在3段目となる陶彫部品の成形をやっていて、2個目が終わったところです。今月の制作目標であった全ての陶彫部品の終了には至らず、来月が厳しい工程になりそうです。一日1点ずつ仕上げているRECORDは、下書きのまま残された作品に着手し、少しずつ追い上げています。今月は珍しくRECORDが充実しました。先日渋谷で手に入れた「小室等アルバム」を聴きながら、ペースを上げているのです。20代の頃に慣れ親しんだ音楽に助けられて、夜は夢中でRECORDに齧りついていました。鑑賞では美術館には行けず、今月は専ら映画鑑賞ばかりでした。「長江 愛の詩」、「ジャコメッティ最後の肖像」、「ゴーギャン タヒチ、楽園の旅」、「DARK STAR H・R・ギーガーの世界」(全てシネマジャック&ベティ)という映画を4本観ました。芸術家を取上げた映画が多く、創作活動で刺激をもらいました。27日に久しぶりに休暇を一日取って、埼玉県川越を散策しました。満開になった桜の巨木を眺めて心が癒されました。読書はまるで手つかずのまま、来月へ持ち越しになります。自分の思考は映像ではなく、やはり書籍によって深まるのではないかと思うので、立ち止まって考える時間も必要だと思っています。今晩は文房具店に走り、来年度の手帳を購入してきました。明日は4月1日ですが、私はいつものように工房で制作に励みます。
    映画「DARK STAR H・R・ギーガーの世界」雑感
    常連にしている横浜のミニシアターへ家内と「DARK STAR H・R・ギーガーの世界」を観に行ってきました。ギーガーは米SF映画「エイリアン」の造形で、1980年アカデミー賞視覚効果賞を受賞し、国際的な知名度を獲得した芸術家です。映画の冒頭で、6歳の時に薬剤師の父から贈られた頭蓋骨を棚から取り出す場面がありました。彼は自らの恐怖心をコントロールするため、悪夢等の視覚具現化を図り、グロテスクでエロティックな表現を生み出したようです。そのうちその闇の世界に安らぎや癒しを感じ始めました。ギーガーは若い頃からエアブラシを駆使して、巨大な絵画を精力的に制作しました。制作のテーマは、誕生から生殖、死に至る生命としての根源を、人体と機械が融合したバイオメカノイドで表すことでした。当時愛していた女性リーは、敬遠なカトリック信者だったため、ギーガーの悪魔も厭わないモラルについていけず、鬱病にかかり、自殺に追い込まれることになりました。自暴自棄になるほど悩んだギーガーを助けたのはリーの兄である医者だったようです。画面に繰り返し登場する女性の風貌がどれもリーに似ていると私は感じました。ギーガーにも振り返りたくない過去があったことをこの時知りました。ギーガーの芸術家としての駆け出しは、画廊に持ち込んだポスターだったため、サブカルチャーとしての要素が強く、アートシーンに登場するのは商業的な成功があってからだったようです。昔から交流のある画廊主やギーガーの秘書になっているミュージシャン、元妻だった女性が映画に登場するのは、ギーガーのやってきた表現が自分一人では運営できない規模になったことを物語っています。スイスのサン=ジェルマン城にH・R・ギーガー・ミュージアムをオープンしたり、バーの室内装飾を手掛ける等、その活躍は留まるところを知りません。この映画が作られた後、まもなくしてギーガーは74歳で世を去ります。彼の住居兼画室の庭に設けられたミニ列車で遊ぶ無邪気なギーガーは、人生で望んだことを全て満たした幸運な芸術家だったことを証明しています。私を含め、売れない芸術家にとっては羨ましい限りです。
    勤務終了後に映画鑑賞へ
    来週から新年度が始まるため、新しく職場に来る方の面接や、部内での引き継ぎや片づけがあって、職員たちは着々と仕事をしていますが、私は追い詰められないと片付けが出来ない性分なので、ぼんやりとした時間を過ごしています。職員の相談に乗っていると、時間は瞬く間に過ぎていきます。自分の中では一応リセットをしているつもりですが、年度末の疲労は引きずっているようで、たまに咳が出ます。春うららかな日に、またもや散策に出たくなる気分になってしまいます。夕方は家内と常連の映画館に行きました。最近は芸術家を扱った映画が多いのですが、今日観た「DARK STAR H・R・ギーガーの世界」は芸術家本人が登場するドキュメンタリーでした。造形作家ハンス・ルドルフ・ギーガーは、30年前私がウィーンに住んでいた時に、その存在を知った芸術家でした。クンストメッセ(国際芸術見本市)に、ギーガーは多くの絵画を展示していて、その情報をウィーンの友人から聞きました。彼らは「悪魔に魂を売っている世界」と言っていましたが、暗い色彩を好む私には、魅惑とも言える闇の世界で、当時模索していた彫刻にも通じるものがありました。人間が機械と融合したバイオメカノイド、しかも性器がモチーフに使われていたために猥褻性を議論されることもあったようでした。1940年スイスで生まれたギーガーは、2014年に74歳で亡くなりました。米SF映画「エイリアン」のデザイナーとして名を馳せた造形作家は、画業の他にロックのアルバムジャケットや室内装飾も手掛け、多方面で活躍しました。映画の詳しい感想は後日改めたいと思います。
    作品タイトルをどうするか?
    昨年の夏より取り組んでいる新作には、まだタイトルがありません。大きなテーブル彫刻やら小さめのテーブル彫刻といった呼び方をしていて、そろそろタイトルをつけないと不便だなぁと感じています。タイトルは作者によって考え方が異なり、全て無題にして番号だけをつけている人もいれば、かなり凝ったタイトルをつけている人もいます。タイトルそのものが、作品に内在する思索に導くような難解な造語をもって、それにより作品世界を深く豊かにしている場合もあります。鑑賞する側が、タイトルをヒントにして造形世界を読み解くのも楽しみのひとつだろうと思っています。私の場合はタイトルにそこまでの拘りはありません。タイトルは作品を簡潔に語るもので良しとしています。時として比喩や造語も用いますが、謎を呼ぶようなものはありません。私の造形イメージはカタチ先行で、コトバを有していません。コトバはコトバとしてイメージを遡って搾り出してくるしか方法はありません。現在作っている新作は、そもそも何を求めて具現化しているのか、造形イメージからコトバを搾る(絞る)のは、なかなか難しい作業です。タイトルが決まると、そのタイトルを使って、造形作品とは違う世界が私の中で生まれてきます。ホームページに造形作品とともに掲載している拙いコトバは、そうして生まれてきたコトバなのです。10代の頃から私は詩作に憧れ、幾多のコトバに反応してきました。それでもコトバは造形ほど直截簡明な表れ方が出来ず、自分の中で空回りをしてきたと思っています。いつしか私はコトバを苦手と思うようになり、詩作など到底不可能と決めつけています。タイトルがなかなか出てこない状態は、そんな要因があるのかもしれません。それでもコトバをホームページに載せてしまうのは、浅はかな考えであることは充分承知しています。新作のタイトルをどうするのか、もう少し考えてみようと思っています。