2018.04.26 Thursday
現在、通勤時間帯に読んでいる「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)の第三章では「芸術とイズム」について考察しています。筆者の理論は多義にわたり、歴史的考察を踏まえた厚みを持っているので、章ごとのまとめは私にとって困難です。気になった箇所に線を引き、そこを取り上げて、まとめにしたいと思います。「イズム、実践や理論を貫く主義主張のことである。芸術の場合、芸術家のイズムは作品となって現れる。制作はイズムの実践、作品はイズムの宣揚、プロパガンダになっている。アートになって『イズム』が希薄化したとすると、作家に確たる主張がなくなったか、あるいは逆に、個人的な主張が余りにも多様化して、全体を一個の芸術的主張と総括できないかのいずれかだろう。」確かに最近ではイズムという言葉は使われなくなったなぁと思いました。「職人の技術は『良い作品』を作ることで評価される。良い作品とは他でもない、パトロンの要望に合致する作品、しかしてパトロンのイズムが表現され、イズムのプロパガンダたりうる作品である。~略~『様式』は必ずしも職人個人のものではなく、畢竟、パトロンのためのものだった。またそうであるから、個人のスタイルが時代のスタイルでもありえた。~略~それに比べて『アート起業』の方は、意図がはっきりしていて分かり易い。『アート』を商品にして、一儲け企むのである。そのとき、イズムはかえって邪魔になりそうである。パトロンはいないし、もう彼らのために制作することはできない。となれば、アートの相手は大衆、不特定多数の人間である。」一時代前の芸術と現在罷り通っているアートとの相違には、こんなこともあるのかと思いました。ではイズムが希薄になった契機はいつ頃だったのか、印象派の時代から探っています。「プラトンに始まり、キリスト教と融合して培われていったアカデミズムの伝統の中で、一貫して、『感覚』には低い位置しか認められてこなかった。『主観的な感覚印象をなぞる』ような印象派の作品が正しく理解されず、真っ当に評価されなかったのも道理である。」さらに時代は進んで現代に近くなってきました。「ダダイズムは芸術の解放運動であった。あらゆる権威や制度から芸術を解き放つ、そしてもし芸術が何らかの形で制度的になったり、権威的であったりすれば、そんな芸術からも芸術を解放する、それが眼目だった。」これでは第三章のまとめには到底なりません。大意の論点を絞る力は私にはありませんが、次の章に繋げたいと思います。
2018.04.25 Wednesday
東京国立近代美術館で開催されている「横山大観展」の目玉は大作「生々流転」です。私は「生々流転」に描かれている水墨が織りなす自然のドラマが見たくて、東京竹橋までやってきたのでした。「葉末に結ぶ一滴の水が、後から後からと集まつて、瀬となり淵となり、大河となり湖水となり、最後に海に入つて、龍巻となつて天に上る。それが人生であらうかと思つて、『生々流転』を画いた」と横山大観は述べています。海に入って龍巻になった大気は、やがて陸地に雲となって戻り、雨を降らせ、また葉末に結ぶ一滴の水になることを考えれば、水の循環は永遠に続く自然界の営みと言えます。大観の畢生の作と誰もが認める「生々流転」は、常軌を逸した長さである40メートルを超える壮大な絵巻で、私は全貌を見たのは初めてでした。本作と併せて「生々流転」の「小下絵画帳」がありました。私はまずこれに興味が湧きました。山脈と木々が鉛筆によって立体的に描写されていて、濃淡の表し方は西洋画法の塊としての解釈がありました。それに比べ、本作の「生々流転」では岩山が整理され、墨による片ぼかしやデザイン化された波の表現に、引き締まった抽象化を感じました。小さく点在する人物は、どこかとぼけた漫画風で、クスッと笑えるような風情でした。後半、大海の情景で波だけが4メートルも続く画面があります。これから始まる大自然の渦巻くドラマに導くために敢えて退屈な場面を用意したのでしょうか。図録では「待ち」という言葉を使っていましたが、私はベートーヴェンの第九の合唱に入る前の「待ち」の演奏に見立てていました。図録にこんな一文がありました。「発表当時から『大観氏は東洋が伝統の精髄を掴み、又それを根本思想なる老荘哲学に反映せしめるのである』という見方がなされていた。大観は師の岡倉の影響を受けて老荘的世界観を内に育んでいたから、たとえば『上善は水の如し』というような老子の思想を反映して、《生々流転》の主題に水を選んだのだろうと指摘されている。」(鶴見香織著)
2018.04.24 Tuesday
先日、東京竹橋にある東京国立近代美術館で開催中の「横山大観展」に行ってきました。横山大観は、我が国の近代画壇では抜群の知名度を誇る日本画家ですが、経歴を辿ると決してアカデミズムの本流を歩んできたわけではなく、寧ろ在野で存在感を示した巨匠でした。本展は生誕150年の記念展として企画されたもので、青年期から晩年に至る大観の画業をまとめて見ることのできる貴重な機会と言えます。大観は東京美術学校1期生で、岡倉天心の薫陶を受け、また奇抜な発想で人を驚かすのが好きだったようで、なかなか魅力的な人ではなかったかと思われます。今更何を言っているのかと思われますが、青年期の絵画を見て、私は改めて大観の卓抜した描写力に驚きました。晩年になって表現が象徴化していった時も、並行してモチーフを入念に描写していた作品がありました。対象をどのように表すか、大観が一貫した研究を行っていたことを示す資料作品を見て、私は背筋が伸びました。図録にあった文章を拾ってみます。「明治期の朦朧体の試みの中で、大観は大気や光を通して見た対象の描写に関心を寄せていた。対象の描写に対する意識は、明治期と手法は違えども、大正期においてもこのように一貫して大観の中に存在し続けたといえよう。~略~若い世代が新たな表現を模索する中で、大観は『只独り東亜の芸術、力ありてこそ新しき日本建設の先駆となる事、此こそ再び世界に闊歩するのを堅く信じ』、日本画の復興に務めようとした。」(中村麗子著)また私が興味を持った箇所に画家の比較論があります。「竹内栖鳳はリアリステックであり(中略)横山大観はアイデアリスチックであり(中略)それは栖鳳が純粋京都人として、商人の子として生れ活きた境涯と、四条円山派の現実的写実主義の芸術教育に影響せられた結果に因して居る時、横山大観はあの勤王尚武の精神の熾んであった水戸藩士の子として生まれ、橋本雅邦や岡倉覚三等の東洋的理想主義に薫陶され、影響された結果に因している」(豊田豊著)嘗て竹内栖鳳の大きな展覧会を東京国立近代美術館で見ました。現在、同美術館で横山大観の大きな展覧会をやっていて、東西巨匠の因縁を感じています。画風は違えども画面から発せられるオーラは甲乙つけ難い迫力を持っています。横山大観の個々の作品については別稿を起こすことにしました。
2018.04.23 Monday
先日、横浜の中心街にあるミニシアターに「女は二度決断する」を家内と観に行きました。ドイツのハンブルグを舞台に、主人公は生粋のドイツ人女性、夫はトルコ系移民、そこに生まれた一人息子。麻薬に手を染めて服役していた夫でしたが、息子が生まれてから、真面目に働くようになり、幸せな家庭を築いていました。ある日、夫の事務所の前で爆発があり、一瞬にして夫と息子を失ってしまった主人公。在住外国人を狙った人種差別主義のテロであることが判明し、容疑者が逮捕され、そこから裁判が始まりました。裁判では被害者の人種や前科をあげつらい、思うような結果の出ない法廷に、主人公はいらだちます。そこで主人公が最終的に下した決断、これがこの物語の趣旨になるところでした。法の裁きに不満だった主人公がとった行動は、「目には目を 歯には歯を」というハンムラビ法典を彷彿とさせる復讐劇でした。主人公も品行方正とは言えない環境、それでも無差別に行われた極右グループのネオナチによるテロ行為。容疑者は若い男女2人でした。男の父親は息子がヒトラー信奉者であることを法廷で告げました。父親の勇気のある行動に一瞬ホッとしましたが、それも束の間、証拠不十分という判決に憤りを覚えました。現代社会が直面している課題を、本作が炙り出しているような感覚を持ったのは私だけではないはずです。愛する者をすべて失ったら、自分はどうするだろうと私も考えました。自分には守るべきものが何もないと思った時に、どんな行動に出るだろうか、絶望の果てに何が見えてくるのか、映画の疑似体験で得るものは必ずしもハッピーエンドではありません。法律という規制に感情は収まり切れるのか、そんな究極の状況をイメージし、そこから自分なりの決着の仕方を導き出すよう促すのも映画の役割なのかもしれません。
2018.04.22 Sunday
今日は朝から工房に行って制作三昧でした。新作「発掘~根景~」の陶彫部品が最終段階を迎え、制作に拍車がかかりました。私の作品は集合彫刻で、数ある陶彫部品をボルトナットで繋いで構成していきます。もちろん最初は全体像としてのイメージを持っていますが、それを部分に分けて、ひとつずつ制作をしていくのです。陶彫部品一つひとつに施す彫り込み加飾は、統一したデザインにしています。陶彫部品をコツコツ作っている時は、全体構成を考えずにやっていることが結構あります。部分を気儘に作った後、全体の中でそれらを収めていく時に緊張感が走ります。場合によっては部品と部品を繋ぐ部品を急遽付け加えることがあります。気負った部品ばかりになってしまうと、お互いが殺しあって全体が弱くなる傾向があるのです。あっさりした部品も必要なのです。あまり途中で全体を考えすぎると、収まりは良くなりますが、退屈になる可能性もあります。集合彫刻である以上、主張する部品同士が対峙し、たとえ反発していたとしても思わぬ効果が生まれることもあります。まるで人間の社会のようで骨の折れる辛さや楽しさもあります。陶彫部品を作っている時、私は陶を扱う職人と思っています。近視眼的で丁寧な仕事を念頭に入れて作っています。楽団で言えば楽器演奏者です。全体を考える時、私は芸術家になります。自分の造形的主張をまず捉え、部分を生かし、全体をまとめていきます。楽団の指揮者になるのです。そんなことを思いながら今日の制作時間を過ごしていました。来週あたりから芸術家としての仕事が始まります。職人とは異なる厳しさが待っています。もうすぐゴールデンウィーク、この連休は芸術家として頑張らなければなりません。